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玄関先には、投げ出されたスニーカーが一足。
朝と同じ、綺麗に揃られていつでも出かけられるように玄関に爪先が向けられている。
奥からカレーのスパイシーな香りが漂ってくる。母が夜ご飯は用意してくれているから、律がそれを温めているのだろう。
紬が独り、夕食を取る間に律がリビングのソファで胡座をかいてコントローラーを握っている。近所に聴こえないかと思うくらい、大音量だ。
「ちょっと律! 音下げてよ、近所迷惑!」
「紬の声のが近所迷惑だろ」
「だいたいあんた、ゲームしてるなら学校いきな」
「うっざ! じゃあ、聞くけど、学校行ったって、いいことある?」
「……それは……ないかも」
「だろ!」
いつも諭す気持ちが、律と話すと削がれてしまう。神経質そうにメガネを押し上げなげて、ゲームの音量を下げた。
父と離婚して一年。母の帰りが遅い天野家で、本来なら紬が引きこもりの弟を公正させなければならないのかもしれない。
「だろ? いいことないのに、行く意味ってある?」
行く意味はある。そう、信じたい。
「あるよ、行くことで忍耐とか……付くし」
「忍耐って、何になりたいわけ?」
律はせせら笑った。
全く、擦れた弟を持ったなと思う。
律は中学生になってすぐに登校拒否している。だから、紬まで学校に行かないとなれば、母が悲しむに決まっていて、だから、紬は楽しく学校に通わなければいけない。
「そう言えばねぇちゃんさ、あの公園、へんな声聞こえなかった?」
「聞いたよ」
「それ、どこで聞いてたの?」
「え? 公園を突っ切ろうと思って」
「あんな、大声で叫んでるヤツいるのに、よく入ってったね。その度胸、神だわ」
「そんなに?」
「そんなに。近所のおばちゃんが言ってたけど、不良の溜まり場みたいになってるんだって」
「あんた、近所のおばちゃんって誰?」
「昨日、引っ越してきたみたい。これ、貰った」
見ると、テレビ局のお菓子の詰め合わせだ。
「紬が受け取ったことにしといてよ。ばばあに外に出たこと、バレたくないし」
気にした風もなく、ゲームに夢中になる弟を放って、入浴してから3階の自室へと向かう。
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