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-序-
「未来を変えられるってことは、
変えられない過去はないってことだよ」
そんな屁理屈、きっと君しか言わない。
飄々とした口ぶりで、焦点の合わない目を窓に向けたままの七見が、つぶやく。
教室内にニ人きり。教卓向かいの席に並んで座る。
収穫前の稲穂みたいな髪色が、差し込んだ夕陽に反射するから、紬は眩しくて目を細めた。
この世にタイムマシーンが存在しないことだって、高一にもなれば分かる。過去を変えられるのは、小説や漫画の世界だけだと、机に彫られた文字を見詰めて思う。その証拠に「ブス」と彫られた悪意が消えてくれる気配は今のところ感じられない。
世の中、上手くいかないことだって知っている。
窓から流れ込むそよ風が頬を掠めた。
蝉の声に合わせ、下校時刻を告げたメロディに急かされるように見上げれば、黒板横の時計は午後6時50分を指していた。
七見が暑そうにカッターシャツの袖を肘まで捲り上げる。授業外の空調申請が通らないこの教室は、午後6時30分に冷房が停止する仕組みになっている。夏のじめつく空気が、容赦なく肌に吸い付いてくる。
「言いたいことあるでしょ」
突然、冷笑を向けられて、つい口をつぐむ。
「え……な、ないよ」
「ウソ。わかるよ、考えてること。またバカなこと言ってると思ってるよね」
「思ってないよ」
その提案を聞いたとき、バカとは思わないが、無謀だとは思った。
「え……思ってないの? 俺は思ってるのに?」
子猫に似た吊り目を見開いて驚いてくる。
「だいたいさ、俺だって早く承諾してくれないと、今日の夕飯間に合わなくなるんだけど。あの人、せっかちだから。それにここ、暑すぎ」
「じゃ、じゃあ……わかったよ」
「なにその無理やり感」
不貞腐れたように両肘を投げ出して、片腕に顔を載せた七見に見詰められる。
今を変えない限り、一生このまま逃れられない。
だから決めた……決行は今日。
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