-序-

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 紬も頭では理解しているのだ。  しぶしぶと口を開く。 「……ウソは言ってないよ」 「けど、納得はしてないよね。言いたいこと我慢するとき、梅干し食べたみたいな口するから」  唇を紐みたいに結び、大袈裟に真似て悪戯に笑う。  本音を言い当てられて、咄嗟に口元を両手で隠すと、腕を振り解こうと詰め寄ってきた七見の膝先が紬の膝小僧にコツンと当たった。 「そんな悩むことなの?」  目と目が鼻先でかち合う。  急な接近と沈黙、紬は息を呑んだ。  蝉の音と、暗がりに傾く夕陽が辺りを支配する。  こういうとき、誰か彼に距離感を教えてくれないかと思う。紬は生きた心地がしないし、どういう表情が正解なのかも分からない。  目を離せば、傍若無人なこの少年はきっと不機嫌になる気がして目を逸らすことができない。   「今のままだとお互い野垂れ死にだよ。それだけはごめんだからね」  温度の低い声で釘を刺されて、どうにも気が重い。  ふと、触れ合った七見の膝が微かに震えていることに気がついて、なぜだか少し可笑しい気持ちになる。彼でも怖いものがある。  それを感じ取ったのか、七見が目を逸らした。 「……もういい。いくよ」  諦めたように立ち上がった七見の視線が、机の天板をなぞる。幼い子供が思いついたように、紬の空に満天の笑顔が瞬いた。 「アイツら、俺が再起不能にしてあげようか」 「や、やめてよ!」  咄嗟に、大声で訴える。 「冗談だよ。そんなことしても俺には一文の徳にならないし。するならもっと建設的な方法をとるよ。(てん)ちゃん、ハンムラビ法典しらないの?」 「知ってるけど……何されるか分からないし」 「ふぅん。まあいいや、俺には関係ないし」  興味の失せた口調にホッと胸を撫でおろす。  彼の思いつきこそ、恐ろしいものはない。  強く手を引かれて立ち上がり、斜め前を歩く七見を追いかける。教室の扉を抜ける細身の肩越しに、マッシュルームみたいな金髪メッシュが揺れている。  所々うねる抜け切った髪色。  冷血で強情な自らを守るための檻。  それはまるで、ライオンの立髪だ。
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