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「それで、りっちゃんは?」
女子の声が対角線上で飛び交う。
「もちろん、却下。今週中に黒くする条件だって」
「今週って、今日木曜だよ。それ、木内見たの?」
間髪入れずに、美沙が質問をねじ込む。
美沙は黒髪ストレートの美人で、大人びた印象を受ける。レスポンスが早く、口調が鋭い。
「いや。さっきネグチと、沢田が言ってるのを聞いただけだよ」
いつからその場にいたのか、木内君の気弱そうな声が聞こえた。いつも、女子に命じられて偵察を頼まれている情報屋だ。
「え、ネグチと沢田、学校でもイチャついてんの!? ないわー」
結衣花が大きな声を発する。クラス委員長で有り、ムードメーカーな彼女の発言を埋めるように、中藤雪実の大人しい笑い声が耳へ届いた。
雪実とは、幼稚園からの幼馴染で、同じ高校に行こうと約束した仲だが、同じクラスになってから一度も会話を交わしていない。
「うわ! 一限目、ネグチかよー」
「まさか結衣花、宿題忘れた?」
「結衣花はいつもだし」
結衣花の発言に雪美がまた小さく笑う。
ネグチは、数学担当の野口忠光。寝ているか起きているのかわからない覇気のない外見から、生徒たちが付けたあだ名である。新米英語教師の沢田真知子と一緒に映画館にいる姿を見られて以来、揶揄いの的だ。
「まだこないね。叱られてるのかな?」
珍しく雪美がつぶやく。
「そりゃ、そうでしょ」
「今ごろママと別れを惜しんでるのかもね」
「結衣花なら、恥ずかしくてまた休むわ」
そのときだった、見知らぬ男子生徒が入ってきた。
静まり返る教室。
目線が彼を容赦なく追う。
紬はなんだか悪い気がして、俯いた。
紬の席の後ろを通る瞬間、振り返り自分の椅子を手前に引こうとした。目に飛び込んできたのは、黒髪のマッシュヘアに、鮮やかな金髪メッシュ。
「……ごめん」
椅子を引いたとき、つい言葉が突いて出た。
掠れた情けない声だ。七見の目線は少し上を向いたまま、こちらを見向きもしない。
もちろん返事はない。
聞こえていなかったのかもしれない。
七見は、黒いリュックを降ろすと席に座った。
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