1.拾われたRadio

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「さっきは、ありがとう」  七見に目を覗きこまれていた。驚いて肩が跳ねる。 「え! いえいえ」  咄嗟に、首を横に振る。  周りに見られたくない。彼と話したらどういう風に見られるのだろうか。自然と返事も固くなる。これ以上、このクラスから浮きたくない。 「なんか今日、暑くない? 俺だけ?」  意外にフランクな呼び掛けに言葉を探す。  表情は無表情に近く、読み取れない。  まだ、結衣花は席についておらず、遠くから笑い声が聞こえることを確認する。 「そうだね! 26度まであがるみたいだよ」 「天野さんって、マンガのキャラみたいな名前だね」 「あはは。よく、言われる」  ぎこちない言葉で、必死に笑顔を作る。 「これ、つむぎであってる?」  座席表を向けて、紬の名前を指して尋ねられた。  笑いながら、うなずく。 「へぇー、ちょっと高級そう」 「七見(しちみ)君も珍しい名前だね」 「ん?」  一瞬の間、無表情のまま固まった顔に不安になる。次の瞬間、七見は弾かれるように笑い始めた。 「え、え……なに? 違った? ごめん」  名前を間違えるなんて失礼だ。動揺で焦る。 「いいよ、しちみで」  可笑しそうに、七見が涙の浮かんだ目を擦る。  錦糸が解けるように、ふわりと咲いた愛嬌のある笑顔に見惚れてしまう。あの無表情さが嘘のようだ。  堪らず固まっていると、側に人の気配を感じた。 「えー、七見が女子と話すなんて珍しいじゃん」  井野森が会話に入ってきたのだ。  周りのクラスメイトに意思を誇示する口ぶりだ。 「こいつさ、中三同じクラスだったんだけど、根暗で全く話さねぇから、お化けちゃんって呼ばれてたんだけど、まあーよく話すようになったじゃん」  揶揄いながら、七見の髪を軽く叩く。  紬の中に嫌な感情が流れてくる。  七見は井野森を見ることもなく、黒板へ向き直り、遠くを見つめ始めた。あの無表情さが戻ってくる。焦点の合わさない覇気のない瞳だ。  胸が騒つく。井野森は詰まらなさそうに舌打ちすると、再び、浅井さんに声を掛けにいった。    諦めを灯した虚な目はただ、前を見据えている。  どこか焦点を合わさない目に、怖いとすら思った。紬は昔から、人の悪意に敏感だ。井野森君の攻撃的な部分も、七見の読めない心情も、不安でしかない。 「ブスが調子に乗ってんな」  いつから座っていたのか、結衣花の声に後ろから脳天を刺されて、くらつく。自分のことだと直感で分かる。怒りと恥ずかしさで鼻腔が熱くなる。  誰も反応しない。きっと誰にも聞かれていない。そう言い聞かせて、動じない振りで二限目の教科書を机に乗せた。
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