1.拾われたRadio

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 下校のチャイムと同時に、七見は席を立ち教室を足早にかけて行った。消しゴムを返された時に話したきり、目も合わないことに不安を覚える。    二限目からイヤホンは外していたが、今度は机を睨みつけるような気配を感じた。  早くこの教室を出たいのは自分も同じで、紬も席を外した。 「挨拶もないなんて、大人しい天野さんがあんなに頑張ったのにね」  そのとき呼び止めたのは、美沙だった。 「いや、別に、そんなこと……」  笑いながら、応える。 「だって、女子とは話さない天野さんが楽しそうに話すなんて珍しいから」  ちがう。話しかけられただけだ。 「それとも、天野さんて意外と男好き?」  弁解しようと、目線を美沙に送ると背後に俯く雪美が見えた。 「そんな…ことないよ? あ、じゃあ…ね」  冗談ぽく笑いかけて、紬は追われるように教室を飛び出した。  たどり着いた最寄駅には、まだクラスメイトの姿は見当たらない。  電車がプラットホームに滑り込む。開くまでの数分間が長く感じられる。ホーム脇に薄紫色の紫陽花が咲いている。  電車に乗り込むと、大学が多く点在する路線は、学生で溢れていた。  不意に空いている場所を見ると、長方形の赤いボックスが座席に横たわっている。両手の平サイズのそれは、左に四角いスピーカー。右にカセットを入れる箇所がある。母が昔使っていたラジカセという電子機器だとわかる。  紬は、身体中が怠くて立っていられない。  仕方なく、そこに座る事を決意した。  ラジカセを拾い上げ、女性1人が精一杯なエリアに、浅く腰掛ける。隣の女性が嫌そうな顔で傍に抱えたカバンを膝に乗せ直した。視線を一瞬、感じる。 「すみません……」  小さく謝る。  空いている席に座って何が悪い?  気持ちとは裏腹に、先程以上に肩を丸めて縮こまらせる。    近い距離に立つ人影に違和感を感じ見上げれば、目の前でサラリーマンが眉間に皺しわを寄せて吊革に体を預けている。50代後半くらいの男性がちらちらと、若いのだから退けと嫌悪感のある視線をこちらへ飛ばしてきて居心地が悪い。  30分ほどで最寄駅に着くまで、気分が重い。やっと最寄駅に着く頃には、人もまばらになっていた。
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