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「傘を貸しましょうか」
振り向くと、いつもカウンターに座っている彼が、店のガラス戸から顔を出していた。
碧生が唖然としていると、彼は雨に打たれるのも構わずに、黒い傘を一本持って表に出てきた。いつも椅子に座っているから気がつかなかったが、彼は碧生よりも頭ひとつ以上背が高かった。
「どうぞ」
右手のすぐ前まで差し出された傘を、受け取らないわけにはいかなかった。
「ありがとうございます、お借りします」
碧生は早速バンドを解いた。傘を開こうとしたが、たわんでぎしぎし骨が鳴るばかりだった。しばらくの間使っていなかったものなのかもしれない。
「だめですか」
彼が腰を屈めて中棒に手を添えると、打ち上げ花火が弾けるようにぼんと傘が開いた。碧生は驚いて傘を投げ出しそうになってしまった。
「すみません」
失礼なことをしてしまったと、傘の持ち手をぎゅっと握りしめる。見上げると彼は、口元に左手を添えて笑っていた。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
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