001 闇夜の鍵師

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 ゆるりと店の中に戻って行く後ろ姿を見送ってから、碧生は駅までの道を戻り始めた。  外灯の光が、アスファルトのくぼみにできた水溜まりの中で揺れている。もし鍵がこの中に落ちていたら、見つけることはできないだろう。 (こんなタイミングで雨が降るなんて、ついてない)  鍵を探していたはずがいつの間にか、スニーカーのつま先を弾く雨粒ばかりを見ている。歩調を緩め、碧生は足を止めた。 「こんなにぼんやりしてるから、鍵もなくなるのか」  口元に浮かべた自虐的な笑みは、やがてため息に変わる。  今朝の朝礼で、高校を出てから七年間勤めていた洋菓子店が、今月いっぱいで閉店することを知らされた。 『みなさんに支えられて四十年間店を続けてこられましたが、みなさんのことを支えることができなくなってしまいました』  どんなときでも笑顔だったオーナーの山科が、声を詰まらせながらした謝罪に、胸が潰れてしまいそうだった。
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