001 闇夜の鍵師

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 思い返せば予兆ならいくらでもあった。  駅前に駐車場付きの大型スーパーが建ってから、徐々に客足が遠のいて、パートの主婦が自主的にひとり、ふたりと辞めていった。クリスマスなどの繁忙期にも、臨時アルバイトを採用することもなくなった。  規模を縮小しながらも、なんとかやれていると思い込んでいたが、実際にはもう二年もの間、山科の給料が出ないような経営状況だったらしい。彼はそこで働く人たちや、長い付き合いのある客のためだけに店を続けていたのだ。 (この数年、誰にも相談できず、どれほど苦しい思いをしていたんだろう)  碧生は手の甲で目元を擦った。悲しみを心の奥に追いやって、再び鍵を探し始めた。  歩いているうちに駅に着き、窓口で落とし物がなかったか尋ねたが、見つからない。だめ押しで交番に寄ったが鍵は届いていないようだった。  スマートフォンで検索して近隣の出張鍵屋を調べたが、もうとっくに営業を終えていた。  あと二週間、精一杯仕事をしようと決めているのに、明日の朝一で鍵屋を呼んでいたら、仕事に間に合わなくなってしまう。
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