始まる、その前

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始まる、その前

 とある国があった。  その国は先の戦争が終わったばかりで、都市部の地域から国境近くの農村までで、安堵と混迷の感情が多くの人々を包み込んでいた。四方を他国に囲まれているこの国は大昔から争いが絶えず、小競り合いを起こしては不可侵条約を結び直し、破り破られるということを繰り返していた。その戦いの歴史の中でこの国は、国家予算の二十パーセントほどを充てるほど国防に傾倒しており、銃火器を駆使する陸海空軍の他、魔法による侵略を目的とした魔法軍を保持していた。当然他国も同様の舞台を揃えているのだが、この国の規模は他の追随を許さぬほど大きい。夜を照らす小さな炎から大地を焼き尽くす紅蓮の爆撃まで、魔法は国にとって欠かせない存在であった。  そして、争いの残り火が各地でまだ揺らめいている中、一つのニュースが電撃的にその国を駆け巡った。  それはある男の逮捕を知らせるものだった。  彼は魔法軍に所属する、いわゆる特殊技能兵である。離れた距離でも魔法を用いたやりとりを可能にして、遠隔操縦で無人兵器を操り戦果を挙げていた。長距離に渡って影響を及ぼす魔法は技術のみ、もしくは魔法の素養のみで達成できるものではない。実現不可能と思われていた常識は彼の登場によって世界の表舞台にデビューを果たした。  それだけでなく、彼は無人機の操作を、魔法の素養が少しでもあれば誰にでも扱えるシステムに発展させることに成功した。これまでにはなかった「現地で人を資源としない兵器」は画期的な発明であり、国は戦火の中で実地試験と改良を繰り返すのに惜しむことなく、また彼はその第一人者として最前線で活躍を続けた。  彼が開発に携わった無人兵器は戦場において多大な戦果を上げた。それまでせいぜい二十メートル弱だった魔法による操縦ができる距離は、彼の知識により五十キロ以上まで伸ばすことができた。そのような功績で名を知らしめた彼は「魔法兵器の雄」とも呼ばれるようになった。  名実共に手に入れた彼が一人の男として放っておかれるわけがなく、一方では男に多くの縁談が持ち掛けられた。  魔法の研究一筋で色恋沙汰の経験が一つもなかった彼は、初めは結婚といったことに興味を示すことはなかった。しかし、彼の流されやすい性格から「しょうがない」と会ってみた女性が思いのほか彼のストライクゾーンを突き抜けた。相手は気立てがよく、それまでほとんど女を知らない彼でも理想の花嫁だとわかった。あれよこれよと話が進み、一か月と経たずに婚姻が正式に決定した。    まさに人生の最盛期を向かえていたその男だった。
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