神殿への紹介状

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神殿への紹介状

「お母様、質問があります」 「ええ、どうぞ?」 「お母様は側室として帝国の庇護が、姉上はグシャス公の庇護が。  わたしにはそれがありません。  この王国にいて、先日の内紛で陛下側が勝たれましたが帝国は王国の敵になりましたわ。  だからこその、聖女候補ですか?  巫女見習いになれば‥‥‥神殿の加護が受けれる。  なればこその、そこに行けと。  そう、言われているのですか?」 「あのね、エミスティア?  これだけは言っておきます。  わたしには、アミュエラだけがいれば良いのよ?  あなた?」  まさか、そんな冗談およしなさい。  母親は冷酷に笑っていた。 「単なる女。  帝国の皇族はなにがしかの精霊様の加護を受けて産まれてくるからこその、皇族。  精霊と契約を結び、男も女も帝国の盾として精霊騎士として生きることが皇族の喜びなの。  わたしにはなにもない。  あなたもなにもない。  二人も、無能な女は要らないのよ‥‥‥エミスティア」  わたしにはあなたを守ってあげれないから。  自分で選びなさい。  皇族として生きていく限り必ず、命を狙われる。  自分で選びなさい。  もう一度、そう言われてエミスティアは力なく椅子に崩れ落ちてしまった。 「そう‥‥‥。  なら、姉上には陛下が来ていたのね。  お父様は、お姉様だけには優しくされていたのね‥‥‥」 「あら、さすがわたしの娘ね、エミスティアは。  今頃‥‥‥気づくんだから」 「じゃあ、お母様。  お母様は誰からも――」  はい、それまでよ。  冷たい張り付いていた表情に、少しだけ優しい母親の笑みが見えたような気がエミスティアにはしていた。  母は死ぬ気だ。  姉は妖精界へ。  わたしは神殿へ。  その歩く道が決まった後、どこかで消されるだろう。  帝国か、王国か、それともその他の誰かによって。 「お母様。  一つだけ知りたいことがります。  姉上は真紅の髪でした。  だから、加護を受けれました。  わたしはこの通り、透き通る青より藍。黒みがかった青。  瞳の色だけは深い緑と変わりません。  なら、このエミスティアには何の精霊があると、加護があると言われるのですか!?」  サーシャ・ラ・モール侯爵夫人。  それが帝国でのエミスティアの母親の呼称だ。  黒々とした髪に、双子の娘と同じ深い緑の瞳。  夫人はそれを一瞬だけ、伏せると娘にただ微笑むだけだった。 「そんな、だって。  それが無ければ、皇族としての意味がないではありませんか!!  姉上はアミュエラ・ルゼア・エルアージュ。  わたしはエミスティア・ルゼア・エルアージュ。  お母様にも、隠された名前が――」 「そうね、エミスティア。  サーシャ・ルゼア・ラ・モール。  ルゼアは帝国の精霊の加護を受けれる者だけが受け告げれる名前のはず‥‥‥」 「違うのよ、エミスティア。  わたしのそれは、陛下が下さったの。  もしかしたら、どなた様かが、帝国をこれまで代々加護して下さった精霊のどなた様かがわたしを守ってくだるかもしれないと。  陛下の恩寵は、わたしたち母娘にきちんとあるわよ。   恨んではなりません」 「では、わたしにはー‥‥‥????」  ラ・モール夫人は悲し気に首を振る。  それは分からない。  だからこそ―― 「あなたにはきちんと生きて欲しいの。  どこにいても生きていける。   その為に、ね、エミスティア」 「きちんと生きれるほど、エミスティアは綺麗ではありません‥‥‥お母様。  アミュエラが嫁入りした時、わたしは彼を独占できる。  それだけを望み、それが叶ったと喜んでいたのです。  汚い心しか持っていません。  わたしはただ、ルイに会いたい‥‥‥」  エミスティアは涙を流す。  心など要らないとそう叫ぶ。  ただ、彼といれたらそれだけでいいと。  娘の涙の意味が母親には伝わらない。  母親にはなぜ娘がそれほどに幼馴染の少年に執心するのかが分からなかった。 「アミュエラとエミスティアとルイ。  仲良かったものね。  ねえ、エミスティア。  あなたはなぜ、そんなにルイに会いたいの?  もう、あれから六年になるのですよ?  それに、彼はわたくしたちにはそぐいません」 「身分、ですが‥‥‥?」 「それ以外に何があると?  帝国の為にならない存在など、忘れなさい」  それがあなたのためよ、エミスティア。  なんの加護も持たないあなたには、ただただどこかに怯えて逃げ回る人生しかないのだから。  ラ・モール公爵夫人は悲し気に娘の未来に想いを馳せて心で泣いていた。  自分も、この子も。  陛下には捨てられた身。  片方の娘だけは救うことが出来た。  もう片方はー‥‥‥、と。 「救いをくれない帝国など、もう知りません。  このエミスティアには関係ございません、お母様。  教えて頂けませんか、代々の皇室を守ってきた精霊のうち、この髪色と相対した精霊の名を」  どこか覚悟を決めたようにエミスティアは母親に問いかけた。  そんな精霊の名を聞いてどうするの?  ラ・モール夫人は怪訝な顔をする。  答えは一つしかなかった。 「いないわ、エミスティア」 「え、いない、そんなー‥‥‥!?」 「その青の髪がいなかったの。  むしろ、守護の契約をしたことのない精霊の方が少ないわ」 「そのー‥‥‥精霊は!?」  そんなに知りたいの?  知ったところで気休めにしかならないのに。  母親はそれよりも、この数枚のうちからどれかを早く選んで欲しかった。  どこも実家と帝国に泣きついた結果、紹介してくれた神殿ばかり。  太陽神、暗黒神、大地母神、月の女神。  どれもが、偉大なる上位の神々。  それと、最高神である大神ダーシェ。  五枚の紹介状だけしか、娘を救える術はなかった。  娘がそう、何をこだわるのか、夫人には理解できなかった。  精霊の名前、ね。 「闇、朔月、虚無‥‥‥そして、氷よ。  どれも、魔族の守護精霊だから。  それを聞いて満足したなら選んでちょうだい、エミスティア」 「魔族‥‥‥」 「そうよ、だからお願い。  エミスティア。  帝国の内紛が終わるまでにあなたがきちんとした神殿には入れれば‥‥‥」 「そう。  お母様、エミスティアはなんの加護もない単なる俗物。  帝国の道具になるなど‥‥‥真っ平ですわ!!」  バサッ‥‥‥  涙する少女はテーブルの上にあった数枚の書類を片手ではたき上げた。  なんの因果か偶然か。  そのうちの一枚、神々の王たる大神ダーシェの神殿への紹介状が膝元に落ちた時、夫人は心のどこかに安ど感を覚えた。 「では、あなたはここに行きなさい。  これは命令よ、エミスティア」 「そんなっ‥‥‥わたしはルイに会いたいだけなのに!!」  その声に夫人は冷たすぎる声を上げた。  エミスティアは返事に、心が凍り付いたかのような錯覚を覚えた。 「いいこと、エミスティア。  ルイは古き神話の時代ならば重用されたでしょう。  でも、いまは単なる帝国の駒。  彼はー‥‥‥ジェミニの塔に行かされたわ」 「ジェミニ‥‥‥あの、魔族の支配する血で赤く塗装された死の賢者の塔‥‥‥そんな。  なら、ルイは!?  お母様!?」  夫人は静かに首を振った。 「彼も帝国に連なる存在。  ただただ、帝国に奉仕するだけのモノでしかないのです。  それが貴族社会なのよ、エミスティア。  恨むなら‥‥‥陛下ではなく、わたしを恨みなさい」 「お母様、そんな言葉が単なる誤魔化しということくらい、このエミスティアには理解できています。  彼は、その家系のせいで送られたのではありませんかー‥‥‥可哀想なルイ、可哀想な‥‥‥アミュエラ」  姉をそんなふうに言ったことのないエミスティアの言葉に、夫人は少しだけ驚いた顔をした。  しかし、甘い言葉はもうかけてやれない。  彼女には、娘を守る力はもう、なかったからだ。 「わかれば、サインをしなさい。  あなたには、他に道が無いのです」  心を打ち砕かれたエミスティアは静かに書類にサインをした。  こうして、一人の少女の物語が始まる。    
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