辺鄙な古着屋

1/1
前へ
/6ページ
次へ

辺鄙な古着屋

 狭い、ムサイ、品数だけは‥‥‥豊富。  呆れるような小屋、そんな表現がふさわしいような小さな店舗の中には山積みの古着が所狭しと並んでいた。  そしてこの地方では手に入らないはずの、防虫用の落葉樹の香りがする。  ふんわりではない、どこか年寄り臭い。  そんな脳を刺激するような臭い。  エミスティアは顔をしかめた。 「臭い‥‥‥」 「しゃーねーだろ。  この辺りで代用できるもん、適当に見繕ってんだから。  ここはかな太古の時代、東側にあったって言われててな‥‥‥ほら」  ハンスが小屋の窓、いやいや、古着屋の窓から指差す先には立派な落葉樹の森が森林を作っていた。  はえ‥‥‥  エミスティアはその威容さに驚いてしまう。  樹齢数百年はありそうな古木に見えるものまであったからだ。 「デカっ」 「だろ?  精霊王様の結界のおかげなんだよなあ‥‥‥。  作物も、猟の獲物も豊富でな。  こうしてお客様も着て下さるー‥‥‥で。  どれにすんだよ?」 「待って。  それに、誰?  知り合いの古着屋、じゃなかった?」 「いやー‥‥‥俺の姉の、なんだ」 「見えないけど?」  店内には客がいない。   それもそうだ。  ハンスが店を開けるまで、ここは無人だったのだから。  店の看板はニベロの店。  そう書かれていた。  なんでニベロなんだろと思ってたら、ハンスの苗字だった。  つまり、家族でやってるようなもんらしい。  他にも商店街と彼が自慢していた数件?  その裏手にも数列あるらしい店にはニベロの名前が多い。  つまり、この土地は彼等、ニベロ氏族の力が強いということだ。  ハンスと仲良くしておくのは悪いことじゃない。  エミスティアはそう判断していた。 「姉貴たちは畑でな。  俺がこうして客を乗せてくる時が大体、開く時だよ」  あんま需要ねーしな。  ハンスはそう言うと、その巨体を狭いカウンターに押し込んであくびをしていた。 「儲かってんの?」 「‥‥‥ぼちぼち」 「あっそ」 「愛想ねーのな、ねーちゃん」 「よく言われる」 「で、何にするんだ?  その毛皮、ここならいらねーだろ?  買い取るけど?」  これ?  幾つかの古着にしては綺麗なそれを手にして、着替えどこでするのさ?  そう尋ねたエミスティアは、恥ずかしい思いをすることになる。 「ない」 「ない!?」 「古着屋じゃ、売るより物々交換が基本なんだ。  やってきた客同士で体格と身分があってる奴同士でー‥‥‥いねーわな」 「見たいんだ?」 「見たくねー客のそんなの見ても変な噂になる。  田舎はそう言うのが、あっさりと広まるんだ」 「なら広めとく、ハンスに見られたって。  嫌に親切だと思ったら、そういった下心あったんだって」 「てめー最低だなー。  その角の扉あけてみな?  物置になってて、それなりに広さあるから。  着替えれる」 「ありがと」  しかし、そこは確かに物置で服ばかりで姿見なんかなくて‥‥‥ 「不便だわ」  エミスティアは空間にそっと丸く、等身大の楕円形の円を描く。  するとそこには不思議なことに空気が冷やされていき‥‥‥ 「まあ、こんなもんでしょ。  女王様に習っててよかったわ」  氷雪熊の毛皮の中は‥‥‥ほぼ、裸だ。  下着だけしかつけていない。  むしろ、これ以外を着ると風邪をひく。  それほどに暖かいし、動いても蒸れないし発汗にも優れていた。  天然の完璧な防寒具。  売るにしても大金貨五枚は下らない。  ハンスに、この貧乏そうな古着屋にそんな大金があるとは思えなかった。 「あんたも、静かにしてくれて‥‥‥良かった。  見られたらねえ‥‥‥」  即、衛兵を呼ばれるわ。  エミスティアは肌と肌の間に動く、金色の蛇と銀色の蛇。  二頭ではなく、うろこの照り返し具合によってそう見える、全身に巻き付いたあまりにも長蛇なそれを見て言った。  蛇は特に反応するわけでもなく、ただ、暑さに心地よさを感じているようだった。  独り立ちに際して、氷の女王様から下賜されたものだ。  しかも、氷や雪の精霊などではなく、これがー‥‥‥ 「伝説の竜の子供、オス、二歳、なんてね。  あんた、本当にその自覚ある?」  竜の聖地、天空大陸に現存する竜族は魔族から枝分かれした亜種なのだとか。   これは、古竜と呼ばれる種の希少な――なんだっけ?  まあ、いいや。  どこかに眠る古竜の誰かから、氷の女王がわざわざ頂いてきてくれたらしい。  彼か、彼女なのか。  舌先を出すだけで返事にすらならない幼竜との会話はまあ、難しいものだ。 「でも成長早いー‥‥‥」  光の繭から産まれた時に最初に見たのが母親になるかと言うと、そうではないらしいけど。   ずっと育てて来たからもう母親と大差ない。  ただ、最初は肘から先だったのに‥‥‥二年経過しただけでもう、数メートル。  これは、この先が思いやられる。  食費だけは大気から成分? そんなものを吸って生きるらしいからまあ、いいけど。 「見えなくなって?  で、この辺りに巻き付いて」  幼竜は了解したばかりに指定された首と胴周りに巻き付く。  重たい‥‥‥  いつか押しつぶされるんじゃないだろうか?  そんなことを思いながら、エミスティアは選んだ服数着のうち、ロングスカートと下にズボンを履いて部屋から外にでた。 「おお、悪くない」 「そう。  毛皮は売れないの、大事なものだから」 「残念だ。  なら、預かろうか?」 「どういうこと?」  ハンスは二階を指差した。  何?  問いかけると、まあいいから来い。  そう誘われて、カウンター横の二人ほど並んで使えそうな階段を上がってみる。  襲われたら凍らそう。  手元に魔法を発動して溜め込みながら、彼に続く。 「へえ。  これはすごいわ」 「だろ?  預かってんだよ。  この精霊王様の結界内にも、一応、冬はあるんでな。  いまは春。  秋までは預かってんだよ、質屋もやってるんでな」 「手入れをきちんとしてもらう代わりに、質代を払うって?」 「まあ、そういうことだ」  小屋の二階にあるはずなのにひんやりとしていて、これは人工的にはできないものだ。  エミスティアは興味を覚えた。  ハンスにではない、この小屋に常に気温や湿度を一定に保つような魔法をかけた誰かに。  いい仕事をすると、いい気分になる。  いい仕事を見ると、いい気分になる。    お前はいい仕事をして、それを誇れる聖霊師になれ。  それは、契約をしてくれた大聖霊ベイザスの言葉。  氷の女王と彼は、幼くまだなんの生き残る術を持たないエミスティアにとって父であり、母であった。 「まあ、また長い眠りについたけど‥‥‥次はいつ、起きるのかしらあの人」  妙に大人ぶった発言が飛び出てきて、ハンスは奇妙な顔をした。  あの人?  オウム返しに戻ってくるその言葉に、 「父親。昨年、父母ともに亡くなったから」 「そりゃ‥‥‥悪いこと聞いたな」 「いいの、これも形見だから。売れない」 「そうか」  しかし、ハンスはいい意味で立派な商人だった。  彼はカウンターでエミスティアが購入した品々を薄い布に巻き込んで渡すと、悪魔的なことを言いだす。 「金貨三枚」 「は?」 「だから、あれの管理費も含めて、金貨三枚」 「ぼったくりでしょ?」 「値引きはしてないぜ?  買い取りしたら大金貨五枚はかたい。  質を落とすわけにはいかん。  その分、管理してる精霊使いに依頼して管理を細やかにせにゃならん。  そういう理由だ」 「ぼったくりだ‥‥‥  まあ、いいか。  その精霊使いさん、紹介してくれるならいいよ。  上の仕事気に入ったから」 「変なやつ‥‥‥」  ざらり、と懐の革財布から出てきた金貨はー‥‥‥。  ハンスの顔を困らせるに十分な品物だった。 「レノス金貨。  どこでこんなに‥‥‥もう滅んだ帝国の前の時代にあった古王国時代の代物じゃねえか。  お前、これの価値知ってるのか?」 「いいえ?  お金要らない生活だったし」 「まさか、駅舎でこれ出したのか!?」 「それはまあ」 「あっきれた‥‥‥ボられたな。  これ一枚で、金貨百枚。  大金貨一枚分。  ‥‥‥勉強したか?」 「した‥‥‥」  うかつだった。  となると、警戒すべきはこの国に入る前からになる。  ああ、また揉め事が増えた。  静かに静かに、何も起こさずに‥‥‥隠遁したいのに。  エミスティアはため息まじりに困ったと言い、ハンスはそれに同意していた。 「衛兵に願い出るにしても、これ没収されて終わりだ。  見た連中はまあ、欲目を欠いてお前を探すだろうな。  どうすんだ?」 「出てくー‥‥‥。  村に迷惑、かかるでしょ?」 「その前に、あぶり出した方が早いぞ、ねーちゃん」  あぶり出す‥‥‥?  エミスティアは理解に苦しむ。  なぜ、そんな面倒なことを、と。  ハンスは俺はこれでもあるんだよ。  そう言い、一本の剣を差し出した。 「ああ‥‥‥自治区の管理兵、なんだ。  なるほどね。ここ、自治区?」 「そうだよ。  だから、衛兵は要らんのさ。数人だけいればいい。  あとは俺らが守る」  そんなに人数いるとも思えないけど。  エミスティアはさて、どうしようかな?  ハンスには見えない幼竜、アールディアにそう問いかけていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加