優しい味がする

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優しい味がする

「龍様、夕飯の用意ができました。」  住み込みメイドの華乃(カノ)が声をかけるまで、龍は寝室で考え続けていた。 「いま行くよ。」  そう答えて龍はリビングに向かった。食欲はなかったが、カノが作ってくれたと思うと断れなくなってしまう。  テーブルには、龍の気持ちを察したのか野菜スープのみが上がっていた。 「他にも召し上がりたいときは、すぐご用意します。」 「ありがとう。」  野菜スープは優しい味がした。温かい食べ物は心もほぐす。 「カノ、いままでありがとう。」 「えっ……?」 「わたしは、あと3日で結婚することになっている。ずっと前からの約束なんだよ。だからカノとはもうすぐお別れだ。  でも今日来た2人に別の提案をされたんだよ。背の高いほうは、わたしの弟なんだけど彼がわたしの代わりに結婚してくるらしい。そうしたらカノとずっと一緒にいられる。  でもそれでは火明(ほあかり)父さんに迷惑がかかるんだよ。困ったね。」  カノは下を向いている。 「……嫌です。龍様が結婚なんて嫌です。」 「メイドとして言ってはいけないと分かっています。私も母が亡くなってから火明様がずっと援助してくださいました。迷惑をかけたくありません。  でも。でも嫌なんです。龍様がほかの女性(ひと)と結婚なんて嫌なんです。」  顔が涙でくしゃくしゃになっている。  龍は胸の奥がしぼられるようにキュッと熱くなるのを感じた。こんな想いは初めてだった。 「カノ……。」  龍はカノの肩に手を回し優しく抱き寄せた。 「わたしたちは考えすぎだったね。お仕事だとか世話になった人がいるとか。わたしはずっとカノが好きだったのに。わたしたちが想いを我慢したからといって皆んな幸せになるとは限らないのに。」  2人はその夜から残りの日々を恋人のように、初々しい夫婦のように過ごした。  彼らは知っている。両想いでも幸せになれるとは限らないことを。神がそんなに甘くないことも。  龍は自分がどのような立場でこの先何があるのか、全てをカノに話し2人で決意を固めた。  ありのままで“契約”に臨むしかないという決意。それしか2人に出来ることはなかった。
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