“契約”に欠かせないモノ

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“契約”に欠かせないモノ

「そろそろ……話そうがの。」  稗田の語部(かたりべ)の祖父がベッドを起こして言った。入院が続き食事量も減っていた。食べる量が減れば力も声も弱くなってくる。  9月に入り病院に見舞いに行く回数が増えた。語部を引き継ぐためという理由もあったが、あと何年祖父と話せるかと思うと通わずにはいられなかった。 「これは、稗田家に伝わる口秘(こうひ)どいうやづだ。いま生きでる中で俺しか知らねぇごどさ。」  そう言うと祖父は病室の外を眺めた。稗田はうなずくと入り口の戸を閉め、閉める前に廊下に誰もいないことを確認した。  パイプ椅子を近づけ、小さくなった祖父の声が聞こえるように顔を近づけた。 「“契約”には、あるモノが必要になる。ほんとは俺が1人で持ってればいいんだげど、何度か留守中に泥棒に入られだごどがあって、弟に頼んで隠しでもらっだ。  俺は隠し場所を知らねぇし、弟はそのモノの意味を知らねぇ。そうやって秘密を分けで守ってきだ。奥宮の爺さんも俺も“契約”の全部を知らねぇのはそのためさ。人は強大な力に目が(くら)むど魔が差すがら、全部は知らんほうがいいのさ。」  急須のような型の吸い飲みで口の中を湿らせ、ひと息つくとまた話し始めた。 「弟は、坂下高校ど名前が変わる前の神之森(かんのもり)高校の校長だった。  神之森高校の校歌にそのモノの隠し場所を入れだそうだ。『校歌の中には(たましい)がある』ってな。歌詞なのか暗号でも使ったのがは分がらね。弟は10年も前に亡ぐなったがら聞くごどはでぎねぇが……ほら、前にも話した暗号の手引き、試しでもいいがもな。」 「爺ちゃん、体大変なら明日もまた来るよ。」  息が続かず辛そうな祖父に稗田は声をかけた。 「いや、今日話す。」  祖父の決意は固いようだ。この日、稗田に全てを話したのは虫が知らせたせいかもしれない。 「“契約”に必要なモノどは、生玉(いくたま)どいう水晶の玉だ。何千年もの契約の記憶が刻まれでいる。この玉は今度の“契約”の始めから使用される----。」  その日稗田は、いつもより長く病室に滞在した。全ての話を聞き終わり、祖父の夕食を手伝って病院を後にした。  その後、祖父から話を聞くことは出来なかった。翌日から祖父の昏睡状態が続いたからだ。
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