緑深き森で

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 春の陽光に照らされて淡く輝く銀色の毛並みを、ムラサキはぼんやりと見下ろす。イヨと出逢ったのは、もう何百年も昔のこと。当時から、この緑深い森で絶大な力を誇っていたイヨに、ムラサキは一目で惚れこんだ。それ以来、イヨの傍を離れることなく、この人里離れた緑深い森で、ただ微睡みに任せて過ごしている。自由に生きることを望むイヨの傍らにあるおかげで、この森は外の喧騒とはまったくの無縁だ。きな臭い戦の気配も、人の欲望も、イヨはこの森に寄せつけない。イヨはどこまでも孤高で、何に執着することも興味を示すこともなく、これからも長い時を生きていくのだろう。  そんな生き様を、ムラサキは高貴だと焦がれるのだけど。  たまに、寂しくもなる。気の遠くなるほど長い時を、イヨは一生一人で生きていくのかと。誰のことも――例え付き合いの長いムラサキのことも心から信用しないまま、彼はどこに向かってしまうのかと。  寂しくも、なるのだ。 「いつになったら、あなたさまの信用を勝ち取ることができるのかねえ」  柔らかな春風が、青葉をさや、と揺らしていく。イヨの凭れる楠が、さやさやと優しい音色を転がす。  かすかな願いすら攫ってしまった春のいたずらに、ムラサキはふ、と小さな苦笑を浮かべた。
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