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今日は飛行測定の日。
空はよく晴れ、風は温い。降水確率はゼロ。北国では六月でもさほど長雨に悩まされない。
ジャージを着て、一クラスずつ校庭に出て行く。担任を先頭に、生徒がぞろぞろ、みんなだるそうに歩く。
「かったりー」
「いや授業つぶれてラッキーじゃん?」
「だって居眠りできないし」
「あはは」
みんなのおしゃべりがさわさわと聞こえる。
校庭の隅にメモリのついた長いポールがあって、これで生徒それぞれの飛行能力を調べていく。
担任の片山先生の号令で並ぶ。出席番号順だから、弓倉ヒロトは男子の最後の方になる。
男子から先に名前を呼ばれて飛ぶ。記録をつける片ちゃんの顔は、苦いものでも食べているかのようだ。ご機嫌ナナメ。
片ちゃんが受け持つのは体育の授業だ。体が大きくて一見フレンドリーな先生だが、目が笑ってないと評判だった。
思い切り踏ん張ってちょっとでも高く飛ぼうとするヤツ。とにかくやる気がなさそうで、明らかに手を抜いて飛ぶヤツ(「マジメにやらんか!」と片ちゃん得意の脅しの笑顔。二度目はない)。
トモノリはそこそこ張り切って飛んでいた。情けないほどではないが、すごいとも言えない飛びっぷり。だからトモノリは目立たない。
ヒロトの番になる。ほどほどに飛ぶ。これが結構、難しい。平均よりやや下になるように飛んで、目立たないようにする。
垂直の後は離れたところから助走をつけて飛んで、ポールをタッチする。自分の番になるまでは、みんな芝生に座っていた。
「俺って何でも微妙なんだよなー」
ヒロトの隣に座ったトモノリが嘆く。ヒロトはといえば、さっきからちょっと気になっていることがあった。
飛ばない女子がいる。
その女子は測定を見学しているらしかった。肩までの髪を束ねて、みんなが飛ぶのを見守っている。
名前、なんだっけ?
確か……みどり。ナントカみどりだ。名字が思い出せない。
ナントカみどりは偶然にも、ヒロトたちのすぐそばに腰を下ろし、仲の良い子と話をしていた。
「あっ、ねえ、見て。鳥が飛んでる」
みどりが空を見上げる。友だちも「ほんとだー」と上を見た。
「あの鳥、何て鳥かな」
「カラス?」
「いやー、カラスはあんなに大きくないでしょ」
友だちの方は黒いからカラスでしょ、と言って、それは逆光だからじゃん、とみどりは言い返す。
「トビ」
突然ヒロトが口を開いたので、女子二人は驚いておしゃべりをやめた。
「トンビとも言うけど。あれ、トビ。ぴいひょろろって鳴くやつ」
他人の会話に口を挟みたくはなかったが、トビをカラスだと言われるのはどうしても我慢ならなかった。
女子は顔を見合わせた。
「ああ、トンビ。なんか、聞いたことあるかも」
「弓倉君、よく知ってるね」
と声をかけてきたのはみどりだ。ヒロトは「はあ」とだけ返事をする。鳥についてはそれきりで、二人はまた他愛ない話を始めた。
「お前、鳥のことになるとむきになるよな」
こそっとトモノリが耳打ちする。
「むきにはなってないけど」
飛行測定の目的は、校内の危険人物を見つけ出すことだと、何となくみんな知っている。先生たちはよく飛ぶ生徒を見つけだして、マークしておきたいのだろう。
みんな順々に飛んでいく。みどりは結局、飛ばなかった。
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