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五月晴れの夕暮れ。思いきり深く息を吸う。目を閉じると濃い夏の風が波になって押し寄せてくる。その透明なうねりが上昇する刹那、力いっぱい両足を蹴りだした。
目の前に広がるのはむき出しになった砂礫ばかりの急斜面。大丈夫――私は跳べる、今日もまだ。どくどく鳴る心臓と、はちきれそうな高揚感に包まれながら、ふ、と宙に浮く。
頬を撫でるのはじつにいい塩梅の向かい風だった。静かに腹に力をため、両手を翼のように広げて意識を凝らす。
(上がれ。もっと上へ!)
意を得たようにふわりと身体が浮く。息を詰め、無心で大気を感じる。どういう理屈で飛べるのかとか、やっぱり現実的にこういうのってありえないんじゃないか――とか、ここではぐだぐだ考えない。
些末な思考は打ち捨てろ。
跳べ。ただひたすらに、高みまで。
――澪さんっ、超能力者かよ。
二週間前に初めて澪が『跳ぶ』姿を披露した時、和真はそう言って絶句した。いつも斜に構えて余裕面した、一つ下の生徒会執行委員がそんな間抜け顔するのは初めてで、申し訳ないような笑い飛ばしたいような……なんだか喉の奥がくすぐったかった。
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