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2. 薄紅の君
桜の花びらと一緒に、小雨が舞っていた。実夏は、濡れるのにも関わらず、駅から学校まで、歩かなければいけなかった。制服は雨粒を吸い、少しずつ、ぐっしょりと重たくなっていくような気がする。でも、迷って立ち止まってしまったら、もっと濡れてしまうような気がする。茶色のローファーも、新学期が始まるのに備えて新調したもので、かかとが、靴ずれを起こしそうな危うさだ。乾いた唇も、緊張と不安とで、ちぎれて血が流れないか、不安だった。
朝が始まるのは、いつだって、冬のようにかじかんで、肌寒い気がする。鐘が鳴り終わるまでに、着席しなければいけない。席に着いたら、担任の教師が来るまでの間、朝読書の本を読まなければいけない。背筋が冷たくて、どことなく眠たくて、まだ起きたばかりの頭で、本の中身なんて、ちっとも頭に入らないのに、目だけは流し読みさせて、優等生のふりを演じているのだ。
「私、今とても夢中で読んでますよ」と言うように。そんな素直な自分になることが、気高く、憧れで、規範で、誇りだった。
それなのに、今日はどうして、寝坊してしまったんだろう。自分のプライドがとても許してくれない。綺麗な完璧な美しい自分のイメージが、崩れてしまうから。だらしないと、思われたくなかった。たとえ、普段、だらしなくても、他人に与える自分の印象だけは、嘘でも良い子にして、飾っておきたかった。
そんな素敵な自分の理想像に、焦がれてたんだ。けれど、現実は、こんなふうに、ジタバタしている。綺麗になろうとして綺麗になっているつもりの自分の顔は、きっと、とても間抜けだから。魂が抜けたように何も考えないで無心でいる時の方が、本当には、美しく見えるものだと。
今日は、ついていなかった。いつも朝、電車で一緒に通う約束をしている友達にも、会えなくて、寂しかった。いつもなら、一緒に話しながら歩く楽しい通学路。独りで歩くのは、知らない別の場所へ行くのと同じように、つまらなくて、ものたりなくて、心細かった。
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