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七年くらい前のことだろうか。丘の上に聳え立つ校舎は、絵本に出てくるような広大な森に囲まれていた。
切り開かれた森と山の間にある、魔法使いがホウキで飛び回っていそうな道を、毎日自力で登るのも三年目。今年は大学受験を控えていたが、汗だくになりながら登るこの道は一向に変わらなかった。何年登っても坂は坂。何年登り続けてもきついものはきつい。
受験生である優は放課後、学校の図書室で勉強するのが日課だった。ジュースを買うために中庭の自販機に向かうと、三年生三人ほどに囲まれた男が見えた。
男のスリッパの色を見ると青色だったので、たぶん二年生。三年生は緑色。胸の片隅に残った正義感の灰みたいなものがぶわっと舞い上がったせいで、そのまま通りすぎることはどうしてもできず、一旦通りすぎた道をもう一度引き返した。
「お、お、お前たち、まさか二年生イジメてるんじゃないだろーな?」
同じ三年生でも、明らかにスクールカースト高めのちょっとやんちゃなグループ相手で、優の声は上擦って裏返った。
「ん?誰かと思えばサルくんかぁ」
三人の中では一番モブそうな男が馬鹿にしたような言葉を発した。サルは優の小学生時代からのあだ名で、昔から小柄でサルっぽい姿は変わっていないので否定できない。三年生にもなると、だいたいあだ名は知れ渡っていた。
「いやいや、山下優だから!」
「ああ、山のサルね」
さらにもう一人のモブに馬鹿にされてムッとし、すぐさま反抗する。
「わかってるよな?俺ら受験生だぜ。何か問題起こして大学行けなくなっても知らねーからな」
「わかってるよ。イジメじゃないから大丈夫。確認したいだけ」
一番中心となっていそうな男が答える。確かにイジメをするタイプには見えないが、それならタイマンで話せばいいのにと訝しんでしまう。案外気の小さい男なのかもしれない。
「確認って何を?」
「こいつが俺の彼女を誘ったらしくて、それが本当かどうか。彼女は誘われたってゆってるから」
「で、誘ったって?」
「それを今聞いてんの……誘ったの?俺の彼女と一緒に歩いてたよな?」
二年生を見ると、目にかかるくらいの少し長めな黒髪で、ほっそりと背が高かった。尖った顎の狐顔だが、色白で顔の中身を見ると恐ろしく美しかった。
つり目なのに生き生きと輝き、顎だけでなく鼻も細く高く、思わず優は自分の鼻を手で触って確認してしまう。小さくはないが丸い鼻をよしよしと撫でながら、こんなかっこいい生き物が同じ高校にいることを初めて知り驚きを隠せない。
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