六章.サロン・ルポゼの新人ちゃん

6/19
前へ
/197ページ
次へ
 消えるような声でみなみがそう言うと、内情を理解した江頭オーナーが、みなみの体を抱きしめた。  何も言わないまま十秒間抱きしめると、今度は肩に手を置いて、目線を下げたまま話し出す。 「井手っちは頑張ってる。大丈夫、大丈夫だからね」  大丈夫という言葉を何度も使って、みなみの背中を擦る。  そのメッセージに、みなみの苦しくなっていた胸も、徐々に楽になっていった。  とにかく、コンペティションで優勝すること。それ以外を考えたら、また胸が苦しくなる。  みなみは無理やりにでも、そう考えることにした。 「もう、オーナーしんみりさせないでくださいよ! せっかく前向きになったのに!」 「そうね、ごめんごめん。じゃあ今日も一日、よろしくね!」  江頭オーナーの掛け声によって、今日の営業が始まる。  二人で話した内容は、もちろんスイには内緒だ。  みなみはその後、午前に予約されたお客様に施術することができ、反応も悪いものではなかった。  お昼からスイが出勤し、その日のセラピストはスイにチェンジする。  今日は、サロンに全員揃った久しぶりの日だ。 「今日閉店後に井手っちの特訓したいんだけど、スイ君時間ある?」 「もちろんですよ、コンペティション近いですもんね」  そんなスイと江頭オーナーの会話が、バックヤードの方から聞こえた。  みなみは思わず、受付で作業をしていた手を止めてしまった。  スイと江頭オーナーの強力なサポートはとても心強いけど、どうにも緊張してしまう。  それを聞いてから、閉店までの時間は、あっという間に感じた。
/197ページ

最初のコメントを投稿しよう!

187人が本棚に入れています
本棚に追加