一章.サロン・ルポゼでハミングを

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「では、足裏に刺激を与えていきますね……」  芝野宮の足裏に指の腹を優しく這わせながら、力を与えていく。足裏には、全身が反映されているのだ。  例えば、頭は親指、腰は踵周りという風に。  プランとしては、四十五分くらいでひと通り両足の施術を終え、残りの十五分は特に反応があったポイントを刺激するのが通例だ。  施術中は集中しているため、顔に柔和さがなくなってしまう。  スイはオーナーから、その点をよく指摘されるが、なかなか直せるものではなかった。  顔の硬さは、手から足へ伝わってしまうのだ。  それが、今のスイの課題でもあった。 「ふぅ……」  再度深呼吸をし、指を動かすスイ。  お客様は基本的に目を瞑っているが、たまに会話をしながら施術を受けたいお客様もいる。  芝野宮は目を瞑って、お休みモードに入るみたいだった。  スイと芝野宮の足しかなくなったこの薄暗い空間は、世界でたった一人の表現者になっているような気分になる。  目を閉じ、指を動かす。足の鼓動を指で感じながら一定のリズムで……まるで指揮者が音を感じながらタクトを揮うように。  この空間にも、スイはだいぶ慣れてしまっていた。  今年で三年目になったところだ。  最初は緊張して手も震えていたはず。  その緊張を隠し、なんとかやり過ごすことに必死だった。  でもお客様の足は正直で、緊張を足から感じ取り、サービスの不満を感じると、もう二度とサロンを訪れることはない。  現実は甘くないと悟り、そんな劣等感を抱えながら、スイは多くの施術を重ねてきた。  今は自信を持ってこの空間に座っている。紛れもないセラピストとして……。
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