8.いまが旬

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 昔、そこには地元電鉄の小さな遊園地があったと聞いている。フェリーに乗ると、観覧車が見えたものだと地元の人がいうが梓は見たことがない。いまこの城下町で観覧車といえば、松山市駅の百貨店屋上にある観覧車がランドマークになっている。  でもその話を思い出して、いまはもうそこにはないけれど、海岸沿いにあったという観覧車を描いてみた。 「懐かしいな。子供のころよく行ったよ。親父の仕事で一時期、大阪に住んでいたことがあって、俺だけこっちに戻ってきたんだけれどさ」  本多先輩の意外な境遇に梓は驚く。 「そうだったんですか。てっきり、地元の方かと」 「俺も、永野とおなじだよ。といっても、俺の場合は大阪ではなかなか思うような仕事ができなくて、ローカルなら拾ってくれるかもという不純な動機があって、ひとりだけこっちに帰ってきたんだけれどな」  驚きはするが、すぐになにか言葉に出来なかった。都市部でうまくいかなくてローカル都市にやってきたのは梓もおなじ。ただ、拾ってくれるという自信はなく、とにかくチャンスがあればと藁にも掴む思いで面接に来た。 「……でも、いまはこの事務所の稼ぎ頭じゃないですか」
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