第六章 きっと、大丈夫

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それはそうと、紡さんはここまでして私に何を伝えに来たのだろう。予想しようとしても全く見当がつかない。 「さては、忘れてますね。その姿では立ち向かうことなどできませんよ」 言われて、ようやく思い出した。 私という存在。それは霊感がある人または、紡神社で私に会いたいと祈った人にしか見えないこと。そんな大事なことをすっかり忘れていた私は、馬鹿だと自己嫌悪に陥る。 でも今更引き返すわけにもいかない。椿も私もせっかく、覚悟まで決めてきたのだから。 「今から数分だけ、あなたの姿を霊感がない人、つまり普通の人にも見えるようにします」 「えっ……いいんですか?」 そんな魔法みたいなこと。死んでる人間が突然、目の前に現れたら椿の母はどんな反応をするのだろうか。 そもそも私の存在を知っているのか。知らないなら、問題はない。あれやこれやと説明する手間が省けるから、さらなる混乱を招かなくて済む。 でも……。 「なんで……」 私から頼んだわけでもないのに。してくれるのは当然嬉しいんだけど、なんだか申し訳なくなる。 「未練解消なさるんですね。仁菜様から聞きました」 その名前に安堵を覚える。昨夜仁菜が『なんとかする』と言っていたのはこのことか。今になって、ようやく理解する。 「では、悔いの残らないよう、健闘を祈ります」 その声が脳裏に響いた途端、全身が目映い金色の光に包まれた。それと同時に辺りの時間も動き始める。 「どうした?」 金色の光に目を捕らわれていると、椿が不思議そうな表情で私を見た。 「ううん、なんでもない」 たぶん、この光は椿には見えてないのだろう。言われたわけではないが、それがわかった。 「じゃ、押すよ」 覚悟を決めたように椿は頷いてくれた。 ひとつ、呼吸をする。 それからインターホンを押した。 ピンポーンと音が鳴り、奥から「はーい」と女の人の声が聞こえる。確かに聞き覚えがある、椿の母の声だ。 気合いをいれるように唾をごくりと飲む。 握られる手が温かい。まるで大丈夫、と囁いてくれているみたい。 恐怖は薄いまま。光はまだある。今なら、いける。立ち向かえる。 「どちら様……?」 ドアが開く音と共に出てきたのはもちろん、椿の母。何やら慌てていた様子だ。琥珀色のテイシャツに、黒いジーンズを合わせている。ショートボブに整えられた髪は、椿と同じぐらいの濃さの栗色だ。 それから太い眉に大きな目、夢で見た時と全く変わりはなかった。 椿の母は椿を見るなり、眉間にシワを寄せ、歯を食い縛った。 「あんた、どこで道草食ってたのよ!」 声を荒げ、椿の母は椿の頬をペシンと叩いた。その顔は怒りに満ちている。 六日も息子が、行方不明とされていたんだ。黙っていられないのはわかる。これぐらいは、まだ想定範囲以内だ。 おそらく私の姿にはまだ気づいてないのだろう。意を決して椿を守るように前へ出た。 「すみません。私が連れ出しました」 「あんた、誰?」 ようやく私に気づいたらしい。険しい顔をこちらに向けている。この様子だと私の存在は、死ぬ前から知られてないらしい。なら、話は早い。
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