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「西園胡桃といいます。東山君のクラスメイトです」
いや、クラスは違うけれど学年は同じだ。でも話を上手く進めるには、この方がよいと思う。
「この度は東山君を誘拐してしまい、すいません。虐待を受けていると聞きまして」
冷静が、装いやすい。
きっと手を握られている、ひだまりのような温かさのおかげだろう。だけど、油断は禁物だ。
「ったく、あんたっていう子は……」
吐き捨てるように呟いた椿の母は、ジーンズのポケットからカッターナイフを取り出した。その矛先は私ではなく、椿である。
危ない!
庇うようにさらに一歩、前に出る。それから口を開いた。
「落ち着いてください。お気持ちはわかります。でも、傷を負わせるのはこれ以上やめてくれませんか?自分の罪を重くしないためにも」
胸の奥から恐怖が込み上げ、目を瞑りながら言った。だが声はまだ、冷静を保てている。
それを聞いた椿の母はさらに眉間にシワを寄せたまま、カッターナイフを持つ手を震わせている。明らかに怯えがあるよう。
椿が手を握り返してくれる。それから私の前に出た。
「女に生まれたのはすまない。だからって髪を長くさせられるのは困るんだ。からかわれるし、変な目で見られるし」
それは、コンプレックスを引きずっているよう。
「俺自身もこの髪型が好きなんだ」
ツーブロックに整えられた髪に触れながら椿は言った。今まで見たこともないくらい、真剣な顔で、どう口を挟めばよいか、わからなくなった私はその場に立ち尽くし、茫然とする。
そんな私を置いて、椿は言葉を紡ぐ。
「俺は何度叩かれたって傷つかれたって抗い続けるよ。おやじのためにも。だからいい加減、折れてくれないか?」
揺るぎない目をして、椿は訴えかけた。
その声に怒りのボルテージが上がった椿の母は、カッターナイフを椿の腕に振りおろそうとする。
危ない!!
そう思って、椿と椿の母の間に割り込むように入る。
それから間もなく、握られてない腕の方に鋭い痛みが走った。切りつけられたような傷が深く現れ、血も滲み出ている。
「……胡桃」
椿が手を握り返してくれる。今までにない強い力で。その温かさと強さに鼓動が速さを増した。
「こっちです。東山君のお父さん」
近くから咲結の声が聞こえる。
実はもしもの時のためにと、呼んでおいたのだ。少し遅かったけれど。
そのことを知らない椿は当然のごとく、目を丸くして、辺りをチラチラ見回している。その間にも警察官でもある、椿の父は妻の元へと駆け寄る。
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