第六章 きっと、大丈夫

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「西園胡桃といいます。東山君のクラスメイトです」 いや、クラスは違うけれど学年は同じだ。でも話を上手く進めるには、この方がよいと思う。 「この度は東山君を誘拐してしまい、すいません。虐待を受けていると聞きまして」 冷静が、装いやすい。 きっと手を握られている、ひだまりのような温かさのおかげだろう。だけど、油断は禁物だ。 「ったく、あんたっていう子は……」 吐き捨てるように呟いた椿の母は、ジーンズのポケットからカッターナイフを取り出した。その矛先は私ではなく、椿である。 危ない! 庇うようにさらに一歩、前に出る。それから口を開いた。 「落ち着いてください。お気持ちはわかります。でも、傷を負わせるのはこれ以上やめてくれませんか?自分の罪を重くしないためにも」 胸の奥から恐怖が込み上げ、目を瞑りながら言った。だが声はまだ、冷静を保てている。 それを聞いた椿の母はさらに眉間にシワを寄せたまま、カッターナイフを持つ手を震わせている。明らかに怯えがあるよう。 椿が手を握り返してくれる。それから私の前に出た。 「女に生まれたのはすまない。だからって髪を長くさせられるのは困るんだ。からかわれるし、変な目で見られるし」 それは、コンプレックスを引きずっているよう。 「俺自身もこの髪型が好きなんだ」 ツーブロックに整えられた髪に触れながら椿は言った。今まで見たこともないくらい、真剣な顔で、どう口を挟めばよいか、わからなくなった私はその場に立ち尽くし、茫然とする。 そんな私を置いて、椿は言葉を紡ぐ。 「俺は何度叩かれたって傷つかれたって抗い続けるよ。おやじのためにも。だからいい加減、折れてくれないか?」 揺るぎない目をして、椿は訴えかけた。 その声に怒りのボルテージが上がった椿の母は、カッターナイフを椿の腕に振りおろそうとする。 危ない!! そう思って、椿と椿の母の間に割り込むように入る。 それから間もなく、握られてない腕の方に鋭い痛みが走った。切りつけられたような傷が深く現れ、血も滲み出ている。 「……胡桃」 椿が手を握り返してくれる。今までにない強い力で。その温かさと強さに鼓動が速さを増した。 「こっちです。東山君のお父さん」 近くから咲結の声が聞こえる。 実はもしもの時のためにと、呼んでおいたのだ。少し遅かったけれど。 そのことを知らない椿は当然のごとく、目を丸くして、辺りをチラチラ見回している。その間にも警察官でもある、椿の父は妻の元へと駆け寄る。
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