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「遅くなってすまん。まさかこんな近くに犯罪が起こってたとは。警察失格だな」
椿の父はボソボソ呟いてから「午前07時08分、虐待の罪で現行犯逮捕」と言って妻の腕に手錠をかけた。
そのことに何も抵抗を示さない母。きっと状況を理解した途端、終わった逃げられないと悟ってくれたのだろう。
「おやじの遺書見て知って、いち早く捕まえないとって思っていたのだが、随分遅くなってしもた。九年もまたせてごめん。お詫びとしてはなんだが、俺を一発殴ってくれ」
申し訳なさそうに顔を俯かせて、椿の父は言った。その頭にお望み通りと、容赦なしのげんこつが食らわされる。
「遅すぎ。待ちくたびれた。さすがに自殺に走るとこやったわ」
肩をすくめて、困ったように椿は笑った。それからまた、言葉を紡ぐ。
「それを胡桃が止めてくれた。だから立ち向かえた」
椿がさっきよりも強く、私の手を握り返してくれる。胸をわしづかみにされたような錯覚に陥り、思考が停止する。
「君がその胡桃さんですね?ここまで連れてきてくれた咲結も含め、ご協力感謝します」
そう敬礼をした椿の父は深々と頭を下げて、妻を連行した。
事態がおさまり、大きな安堵を覚えた私は脱力して、道端に倒れそうになる。それを椿が支えてくれた。
「大丈夫か?胡桃」
心配そうな顔の椿の隣には、目尻を下げた咲結がいる。
「ごめんごめん、大丈夫だって」
平然な口調でいい、立ち上がる。気がつくと体を包んでいた、金色の光は既に消えていた。
「じゃなくて、腕の傷」
言われて確認してみると、その腕にはえぐられたような深い傷があり、血もまだ止まってないみたいだ。
「救急車呼んで。梅野」
「任せて」
ポケットからスマホを取り出した咲結は、電話をかけようとしている。
「これぐらい大丈夫だよ。それに私、幽霊だよ」
その上、こんな傷で救急車呼ぶとか大袈裟だし。光が消えたあとの状態では今まで通り、咲結と椿にしか見えないんだから、救急車を呼んだとしても、「ただのおふざけだ」と受け流されかねない。
「あっ、そっか。忘れてた一瞬」
間抜けな顔で咲結は笑う。
「じゃ、どうすんだよ。この傷。せめて、応急処置だけでも……」
そう言ってポケットからハンカチを取り出そうとする椿の手を、私でも咲結でもない、誰かの手が止めた。
「構いませんよ。私が治しますから」
頭上からかかる、柔らかみのある声。
「その声は……誰?」
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