第六章 きっと、大丈夫

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「遅くなってすまん。まさかこんな近くに犯罪が起こってたとは。警察失格だな」 椿の父はボソボソ呟いてから「午前07時08分、虐待の罪で現行犯逮捕」と言って妻の腕に手錠をかけた。 そのことに何も抵抗を示さない母。きっと状況を理解した途端、終わった逃げられないと悟ってくれたのだろう。 「おやじの遺書見て知って、いち早く捕まえないとって思っていたのだが、随分遅くなってしもた。九年もまたせてごめん。お詫びとしてはなんだが、俺を一発殴ってくれ」 申し訳なさそうに顔を俯かせて、椿の父は言った。その頭にお望み通りと、容赦なしのげんこつが食らわされる。 「遅すぎ。待ちくたびれた。さすがに自殺に走るとこやったわ」 肩をすくめて、困ったように椿は笑った。それからまた、言葉を紡ぐ。 「それを胡桃が止めてくれた。だから立ち向かえた」 椿がさっきよりも強く、私の手を握り返してくれる。胸をわしづかみにされたような錯覚に陥り、思考が停止する。 「君がその胡桃さんですね?ここまで連れてきてくれた咲結も含め、ご協力感謝します」 そう敬礼をした椿の父は深々と頭を下げて、妻を連行した。 事態がおさまり、大きな安堵を覚えた私は脱力して、道端に倒れそうになる。それを椿が支えてくれた。 「大丈夫か?胡桃」 心配そうな顔の椿の隣には、目尻を下げた咲結がいる。 「ごめんごめん、大丈夫だって」 平然な口調でいい、立ち上がる。気がつくと体を包んでいた、金色の光は既に消えていた。 「じゃなくて、腕の傷」 言われて確認してみると、その腕にはえぐられたような深い傷があり、血もまだ止まってないみたいだ。 「救急車呼んで。梅野」 「任せて」 ポケットからスマホを取り出した咲結は、電話をかけようとしている。 「これぐらい大丈夫だよ。それに私、幽霊だよ」 その上、こんな傷で救急車呼ぶとか大袈裟だし。光が消えたあとの状態では今まで通り、咲結と椿にしか見えないんだから、救急車を呼んだとしても、「ただのおふざけだ」と受け流されかねない。 「あっ、そっか。忘れてた一瞬」 間抜けな顔で咲結は笑う。 「じゃ、どうすんだよ。この傷。せめて、応急処置だけでも……」 そう言ってポケットからハンカチを取り出そうとする椿の手を、私でも咲結でもない、誰かの手が止めた。 「構いませんよ。私が治しますから」 頭上からかかる、柔らかみのある声。 「その声は……誰?」
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