第六章 きっと、大丈夫

9/11
前へ
/128ページ
次へ
命はたったひとつだけ。 私は一度、それを無駄にしてしまった。 咲結や椿、まださよならも言えてない大切な家族を置き去りにして。 今度は後悔のないよう、笑顔で終われるよう、大事にしよう。そう、決意した。 私の言葉を聞いた仁菜は心から安心したような笑みを浮かべて、宙の彼方へと消えていった。 きっとあの世に逝ったのだろう。 空を仰ぎ見て、両手を合わせる。それから仁菜が心地よく眠れますようにと、ひそかな祈りを捧げた。 「さて、元の体に戻る前に私から、お伝えしたいことがあります」 仁菜があの世へ逝った後、神妙な顔つきで言った。 首を傾げながら聞き耳を立て、様子を窺う。 「私は以前、胡桃様に椿の過去を夢という形で見せましたよね?」 間違いないか、と確かめるような問い方。 思えばあれは仁菜の命令ではなく、紡さんの独断で見せられたんだっけ。 「それに結構、力を使ってしまって……次に目覚めた時、幽霊だった頃の記憶は消えてしまいます」 淡々とした口調で、紡さんは言った。 「えっ……?」 ウソでしょ? 思いもよらぬ言葉に思考が停止する。 忘れちゃうの? 仁菜と再会したことも、咲結を助けて仲直りしたことも、いじめを止めて椿を連れ出し、実の母に立ち向かったこともすべて……? 「それって胡桃だけじゃなく、私と東山君とその両親からも消えちゃうんですか?」 隣にいた咲結が聞く。その表情は、どこからどう見ても寂しそう。 「はい。残念ですが。普通は亡くなった人が生き返るとか、幽霊が人間を助けたとか、あり得ない話ですもの。なので消しざるをえないのです」 申し訳なさそうに頭を下げて、紡さんは言った。 確かに夢のまた夢のような話だ。虐待事件の事情聴取が近々行われると思うが、そんな話誰が信じてくれると言うのだろうか。 はたまた、罪にとわれ刑務所にいれられたり、おかしい人だと精神病院にいれられたり、しないだろうか。 胸の奥から重い不安がせりあがってくる。 それはさておき……。 「どうしてそこまで……?」 私達を助けようとしてくれたの? 「もし胡桃様が私が与えた試練をひとつも果たしていなかったら、今頃四人の運命はどうなっていたと思いますか?」 四人とはもちろん、私と咲結、椿そしてもうこの世にはいない、仁菜のことだ。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加