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エピローグ
「……胡桃」
どこからか、誰かの声が聞こえる。
「お願い……起きて」
すがりつくように祈る声。
聞き覚えがある。どこか、懐かしい声。
「……母さん?」
重い瞼をゆっくり開けるとそこには目に涙を浮かべた母さんのドアップがあった。
ここは……どこ?
辺りを見渡してみると、白い天井と蛍光灯。外を眺めやすそうな細長い窓。そして、体につながれたたくさんのコード。どうやらここは病院らしい。
「私、どうしてこんなところに……」
「目覚めたのね?よかった」
目に涙を浮かべていた母さんは脱力するように、安心した顔で言った。
それから近くにあった、パイプ椅子にぐったり座り込む。
「生きてて、よかったわ。母さんのこともわかるのね?自分の名前は?」
終始安堵のため息を吐きながら母さんは言った。どうやら相当、私のことを心配してくれていたらしい。
「……胡桃」
目覚めたばかりだからか、声が出にくい。きっと長い眠りの中にいたのだろう。かすれた声を出すので精一杯だ。
それでも、母さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
「海外にいたらね、急に電話がかかってきてね、大急ぎで駆けつけたの。そしたらあなた、大木から落ちてそれを近くにいた高校生が見つけて救急車を呼んでくれたんだって。なにはともあれ、無事でよかったわ」
困ったような笑みを浮かべて母さんは言う。
大木から落ちるなんて全く子供みたいだ。なんてバカなことをしてたんだろ?今頃死んでたら、母さんはどうなっていたのだろう。そう思うと涙が込み上げてきた。それと同時に照れ臭くなってきて、笑えてくる。
「もう、泣いてるのか、笑ってるのかどっちかにしてよ」
そう言いながらも母さんも泣きながら笑っている。もう顔がくしゃくしゃだ。
「でね、母さん達胡桃に謝らなければいけないことがあるの」
瞳に浮かべた涙の雫を小指で拭いながら、母さんは言った。その口調はどこか、重たい気がする。
「あなたも入り口に隠れてないで、出てきなさい」
母さんがぶっきらぼうに声を張り上げると、そこから出てきたらしい父さんは顔を俯かせて、こっちに寄ってきた。
それからパイプ椅子に座っている母さんの隣に立つ。六月下旬なのにもう半袖短パンだとは、男気があっていかにも漁師らしいなんてどうでもよいことを考える。
それよりふたりともどうしたのだろう。そんなに改まちゃって。わけがわからなくて、首を傾げたくなるほどだ。
「母さん達、いつも夜遅くまで共働きしてて、帰ったのは夜中だったっていう時もよくあったでしょ?」
確かめるように母さんは問う。ああ、そのことかとなんとなく思い出しながら頷いた。
「寂しい思いをさせたね。胡桃のためって何をバカなことを言ってんだか。同僚や先輩の頼みにつきあってただけなのに」
申し訳なさそうに目尻をさげて母さんは言う。きっと食事のつきあいではなく、仕事の手伝いなのだろう。母さんは昔からそういう人だから。
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