エピローグ

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「今回のことでやっと気づくことができた。私達はお人好しが良すぎたんだって。だから……ごめなさい」 母さんは深く頭を下げて言った。 幼い頃家族で電車に乗って、お出かけをしたことがある。そのときは座席がほぼ満席で、目の前にある三席しか開いていなかった。 そこに腰を下ろしていると、次の駅では二人のお年寄り夫婦が乗ってくる。杖をついて、ぐにょりと腰も曲がっていた。 あいにく席に座っている人はスマホや新聞、勉強などと、思い思いのものに釘付けだ。席を譲ろうとしてる人なんて、どこにもいない。 それを知ることもなく、母さん達はお年寄り夫婦に席を譲った。きっとふたりにとっては不幸中の幸いだったろう。心の底から嬉しそうな温かい笑みで、ありがとうとお礼を述べていた。 そのときから両親は、お人好しなんだと知っている。だからか、驚きはしなかった。その上生きていくにはたくさんの金が必要だ。家賃とか食費とか教育費とか、それを稼ぐのは大変だとわかってはいた。 だから今まで何でもひとりでやってきた。けれど本当は、寂しかった。甘えたい自分がどこかにいた。 瞳からこぼれた涙の雫が頬を伝っていく。 「ほらあなたもなにか、言いなさいよ」 黙っている父さんを急かすように母さんは言う。小さく頷いた父さんは顔を俯かせたまま口を開いた。 「父さんも漁師の友に頼まれて今回は行ったんだけどな、狙いの深海魚は思いの外すぐ採れてしまって、あとはせっかく来たからと観光してました。すみません」 「へ?そんなの聞いてないわよ。相変わらず嘘つきね」 言い訳をする父さんに頬をふくらませて怒る母さん。なんだか見ていると涙より、笑いの方が堪えきれなくなった。 その笑い声を聞いた母さん達は顔を見合わせて、不思議そうにしている。 「あ、ごめん。変わんないなと思って」 一度笑い出したら止まらなくて声が病室中に響く。幸い同じ部屋に他の患者はいなかったので、迷惑にはならずに済んだ。 「その調子なら退院も早くなりそうね。母さん、看護師さん呼んでくるわ」 クスリと笑って母さんは病室を出ていこうとする。けれどさっきから聞いておきたいことが心の中にはあった。 「待って。その救急車呼んでくれた高校生って誰?」 立ち止まった母さんは一瞬首を傾げてから、やがて思い出したように手をパンとたたいた。 「東山……そうそう。あのメガネ屋の孫。たしか、椿君だったかしら?」 「えっ……?」 その名前、どこかで聞いたことがあるような……。 懐かしい響きがする。昨日もその前の日も一緒にいたような、そんな感じ。 「あと見舞いの子も来てたわ。咲結ちゃんっていう子。目覚めたって連絡しとくわね」 そう言って軽快な足取りをして、母さんは病室を飛び出して行った。
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