エピローグ

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数日後。私は無事、病院から退院できた。 大木から落ちたというのに骨は一本も折れてなくて、傷跡すらもなかった。医者が「これは……神様の仕業かもしれんな」と驚きの声をあげていたほどだ。 母さんによると私は転落してから17日間、長い眠りについていたらしい。道理で声も出にくかったわけだ。 見舞いに来てくれた咲結とは「仁菜が自殺してから東山君にいじめられてさ、中二の時の罰があたったわーってことで、反省してます。ごめんなさい」なんていう仲直りをした。 どうやらその東山君は母から虐待を受けていたらしく、つい昨日事情聴取を終えたところみたい。 咲結と仁菜をいじめた理由は、その怒りや苦しみを紛らわしたかっただけ、なんだそうだ。 それでも咲結は「罪のない人に暴力を振るったり、ものを盗んだり、その挙げ句に自殺にまで追い詰めるのはいかん!」と椿にゲンコツをくらわしたらしい。 事件発覚はちょうど私が目覚める日の朝。警察である椿の父がパトロールをしていて、たまたま虐待の場に遭遇し、現行犯逮捕にあたったみたい。 あれから母さんは長年務めていた看護師を辞め、近所のスーパーのパートをするようになった。その一方で父さんはというと、漁師は辞めないものの、漁に行く回数を減らしその分、家族との時間を作ってくれた。 そんなこんなで今は家族三人、仲良く暮らしている。以前のような寂しさなんてちっともなく、日々幸せだ。 「……でも」 忘れてしまっているような気がする。何か、大切な約束みたいなものを。 その内容すらも思い出せないまま、紡神社まで来てしまった。とはいえこの場所と一体、何の関係があるのだろうか。 相変わらず大きな鳥居には似合わないくらい小さな寺がひとつあり、あとはもぬけの殻。石畳の地面が広がっているだけでなんにもない。 ふと手を合わせて参拝をする。しばらくして目を開けると隣には人の気配を感じた。 その方を見れば青いパーカーに、ジーンズを合わせている青年が立っていた。瞳は長い前髪に隠れていて、その栗色の髪はツーブロックに整えられている。 彼は長い前髪を掻き分けてまで、私の姿を確認し、その栗色の目を大きく見開いた。 瞬間、頭にはズキリと鋭い痛みが走る。 この顔、どこかで見たことがあるような……。 そんな、懐かしい感覚がする。 たしか、名前は……。 「……つばき」 そう呟くと彼は驚いたように凝視し、それから嬉しそうな笑みを浮かべた。 「覚えててくれたんだな。17日も眠ってたくせに」 穏やかな口調で彼は言い、私のボブの髪をくしゃくしゃにしてくる。その瞳には涙の雫が浮かんでいたのを見逃せずにいた。 「くすぐったいよー」 「お前、ほんと泣き虫だな」 いたずらっぽく彼は笑う。 慌てて瞳に小指を当ててみると、そこにも涙の雫があった。 なんでだろう。わからないけれど、悲しい涙ではないような気がした。
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