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だが、人気店への道のりは、元来の方向音痴も伴い、
一筋縄ではいかなかった。
スマホの地図は、目的地さえ入力すれば、
小さな子でも到達することが出来る。
なのに私を地図上で示す青いマークは、
目的地を遥か離れ、涼を求めてコンビニなどに立ち寄ってしまえば、更にそこからズレていく始末。
それにしても暑い。
さっきのコンビニで道聞くんだったな…。
店員の女の子が、ひじきをくっつけたような睫毛をしていて、何となく聞くのを躊躇ってしまった。
そして、どれだけ洒落た街だろうと、真夏の太陽は平等に降り注ぎ、アスファルトの上を陽炎が網羅する。
今しがたコンビニで買ったと言うのに、
わずかな水滴を残し、ペットボトルは空になった。
ゴミ箱はと…。
今日の銀座は父の言葉通り、歩行者天国で、
人混みの中、ゴミ箱すら探すのは至難の業だ。
そこらへんにポイは絶対ダメ!
気の迷いに母の声が蘇る。
そうだ、自動販売機とゴミ箱はセットなはず。
ようやくその結論に至った私を、
神は見捨てなかった。
コインパーキングの名残を残すスペースが、
長い横断歩道を渡り切った場所に見えた。
そこに整然と並ぶ数台の自販機。
小躍りしたい気分だった。
やがて、蒸気で白く曇る眼鏡を拭きつつ近づくと、
何やら自販機の前で思案している青年に出くわす。
どこかの店の厨房の人だろうか。
腕まくりされた白いシャツが泳ぐほど、青年の体は細く、背筋が伸びすぎていてまるで棒のようだ。
そして、白シャツは無論のこと、付けている黒エプロンにも、大量に茶色の焦げ跡のようなものが付着している。
きっとハンバーグセットを死ぬほど生産していたのだ。私は勝手にそう決めつけた。
青年は暫く直立不動のまま、自販機のメニューを眺め続けたが、意を決したようにボタンを押した。
目指すゴミ箱はその向こう側にある。
私がそっと背後を横切ろうとすると、突如青年が振り向き、ギョッとした。
私と似たような丸眼鏡をかけ、今時の若者には似つかわしくない、七三分けをした青年は、知性の効いたピリリとした涼しげな目で私を見つめた。
この顔‥どこかで。
記憶を巡らすも束の間、青年が言った。
「買いますか?」
実直さを絵に描いたような声が、ロボット音声にも聞こえる。
「いえ、買いません。私はこれを‥」
愛想笑いを浮かべつつ、空のペットボトルを振る。
本当は10本一気飲み出来そうな程、喉が渇いていた。
だが、目的地で何か一品頼むとすれば、財布の中身は、帰りの電車賃しか残らない。
ペットボトルを訝しげに眺めた青年は、
あぁと納得したようにゴミ箱を見やった。
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