人形

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人形

人形とは人の形を為したものである。 庭先の池にまだ青い楓の葉がひらりと落ちては波紋を作る。 その下で泳ぐめだかを見ては人形は目を細め笑った。 人形は人でいう三歳程の稚児の姿であった。 髪は綺麗に整えられたおかっぱ頭で、着物は更紗なのか花や鳥、幾何模様が押し染められていた。 人形に名はない。 屋敷の縁の上には一人の青年が柱に背をあずけ、どこというわけでもなく、ただじっと庭を見つめている。 佐屋(さや) 技乃吉(ぎのきち) 若き人形師であり、人形の生みの親、からくり店 佐屋 の店主である。 佐屋はため息をつくでも、人形に微笑みかけるでもなく、只々 庭を見る。 その目に瞬きもない。 人形とは自分の意思では動けない「モノ」である。 人形は主の目が赤くなっていることに気付きあわてて駆け寄った。 瞼に手を置き、目を閉じさせる。 時折こうして乾燥を防がねば目が充血し、真っ赤になる。 佐屋は生きていた。 水も粥も口に流し込めば胃に入る。 息も静かにしていた。 夜、目を閉じさせれば翌朝まで閉じている。 生きてはいる、が意思がない。 「心」が佐屋から抜け落ちたかのように、 佐屋は動かない。 佐屋は「空」であった。 人形は主の面倒を看ては思っていた。 なぜ 主は動かないのか  なぜ 何も言わないのか 屋敷には多くの同志がいるのに、 なぜ 自分とは違うのか 只々、主の面倒を看ていた。 いつか主が教えてくれる。 わたしの名を呼び、いつか全てを教えてくれる。 人形はそれを信じ続けた。
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