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―― いらっしゃいませ
このお店は初めてでしょうか?
はい、初めてですね。
大丈夫ですよ、この業界あまりリピーターという方はいらっしゃらないものでして、ご新規さんはいつでも歓迎しております。
ともあれまずは中へどうぞ、もちろん打ち合わせまでは完全無料ですし正式にご発注いただけるまでは料金は発生しません。
お話だけ聞いて、そのまま契約にいたらないこともしょっちゅうですのでそこらへんはご安心を。
もちろんその際、このお店であった事は口外無用です。
この業界、お客様の母数が少ないのですが業務内容それ自体は極秘という矛盾を抱えておりまして頭の痛い所ですが、どうか秘密厳守であることだけはご承知おきください。
ささ、椅子をどうぞ。
コーヒー、紅茶、エスプレッソ、ウーロン茶あたりお出しできますが……、はい、紅茶ですね。かしこまりました。
しかしよくここまでたどり着けましたね。
ご存じの通り、うちって広告出していませんし看板もありません。
さらに入口からして山奥にある廃屋の古井戸の中なんていう誰も来そうにないところですからね。
たまに肝試しの若い方がいらっしゃるんですが、さすがに井戸の中に入ろうなんてご奇特な方にはお目にかかった事がありません。
ああ、銘柄を聞くのを忘れていました。すみません、ダージリンで淹れてしまいましたがお許しくださいね。
おや、周りの壁が気になりますか?
そうですね、その壁にかかっているのは本物の剣であり、本物の槍です。
もちろん血を吸った事も一度や二度ではありません。
といっても別に由緒正しいものではないんですよ、これ。
ほら、よく観光地で模造刀を売っているでしょう?
あれを何日も何日も包丁用の砥石で研いで研いで研いで……。ようやく使い物になるんですけどね。
お使いになられる方は大抵、力任せに振りかぶってたたきつけるんです。
元が模造刀なものでして、お魚サバく程度の使い方ならともかく人を斬ろうとすると柄のところからポッキリ折れます。
……あの、お紅茶、冷めますよ?
さて、改めまして――。
ようこそ、弊社がデスゲーム株式会社、私は受付兼プランナー兼、事務兼、経理兼、まあなんでもやります。ブラック企業なんですよね、うち。
あなたのお名前をお伺いしても? ……あ、言いたくなければ特に構いませんよ。
それではこちらからはお客様とお呼びいたします。
ええと、規則ですので最初に我が社の提供するプランについて簡単に説明させていただきますね。
もちろん紅茶を飲みながら聞いていただければ構いません。
ちょっと高い買い物になるかもしれませんので、適当に聞き流さないようご注意ください。
まず、弊社の業務はデスゲームの主宰および運営の代行です。一種のイベント代行企業みたいなものだと思っていただければ構いません。
ええ、ご存じの通りデスゲームという趣向ははるか昔から存在しました。
近年、中学生が孤島で殺しあうという小説がベストセラーになりまして、そこを皮切りにデスゲームを行おうとする小規模サークルが乱立しました。
あまりご存じないかもしれませんが、年に百では効かないくらいのゲームが実際に執り行われていたんですよ。
ところが。
まあ一般的なデスゲームって大体どこかに閉じ込めるんですね。
そして何かしらの理屈を用意して、参加者の命を奪っていく、あるいは参加者同士で殺しあっていただく。
……と、いう所までは大体の主宰者様のプランに共通するんです。
しかし、実際に実行するとなるとやはり大変なんですよ。
例えば、お客様が雪山の山荘に閉じ込められたとします。何故か携帯電話も通じなくて、あたりには見ず知らずの人間。
山荘の中には……、そうですね。10人くらいいたとしましょう。
その状態でお客様は疑心暗鬼になるでしょうか? ええ、普通はなりません。
おそらく数グループに分かれて適当な部屋で吹雪が止むのを待つんじゃないでしょうか。
ところが天気なんてコントロールできるものではありませんからね。二時間ほど待っていたら吹雪も収まってきます。
このご時世、スマホが使えないというだけで雪山を降りようとする方々、それなりにいらっしゃるんですよ。
さらに大抵、そんなところに自力でいらっしゃるお客様ですから、どちらにどのくらい歩けばたどり着くのか見当もついています。
誰が見ても人里に降りられないなんて場所はそうそうありません、
そこで自分が死ぬかもしれないゲームに突き合わされるなんて恐怖があった日には普通の健康な人間なら富士山のてっぺんからでも徒歩で下山を試みますし、
そんじょそこらの山から命がけで下山しようとすれば、まあ十中八九、麓まで下りてしまいます。
と、いうことで特に理由もなければそのまま山荘から脱出してハッピーエンド。
暖炉の上の怪しい手紙も、睡眠薬入りの紅茶缶も、部屋の鍵にとりつけられた怪しげなピアノ線も。
すべてそのまま放置された山荘で主宰者様は頭を抱え、それでおしまいです。
当時、ほとんどのデスゲームはこのように参加者がルールを把握するまでもなく終わってしまいました。
主宰者が単独犯ならなおさらです。気づけば山荘の前にパトカーと救急車がいるなんて事も珍しくありません。
殺し合い系のデスゲームなんてもっと悲惨ですよ。
人間、誰かと殺しあう動機なんてほとんどないんです。それをちょっとやそっと押しただけで理性が吹き飛ぶなんてことはありません。
ご存じかとは思いますがこの日本、殺人罪は違法ですし検挙率も非常に高く、二人も殺せば大抵の場合は死刑になりますから、一般人が殺人に手を染める動機なんてほとんどありません。
何千万というお金をチラつかされようが、黒い過去をバラすと脅されようが、
さすがに残りの人生をすべて引き換えにするリスクをおってまで殺人を行う動機にはなりえないわけです。
正常化バイアスっていうんですかね。
殺さなければならないって状況になって、さあ殺してやるかなんて気分になるのは数十人に一人。
おおよその方はそこから逃げ出そうとしますね。で、逃げられちゃうんです。ゲーム終了。
じゃあデスゲームなんてできないじゃないか、って思いますよね。
それでもやりたいって人がいらっしゃるんですよ。
例えば小説に感化された中二くさい妄想で悲劇を見たいなんて言い出す中二病系サイコパスと
ものすごい恨みを抱えていて、ただ殺すだけでは飽き足らない人間がダース単位でいるから、終わったら自分も死ぬ覚悟で最後に酷い目にあわせたい系の復讐者が多いです。
そこで当社のビジネスが成立するわけでして、、、
ええ、弊社は創業約二十年で培ったノウハウと秘密厳守の人手を提供いたします。
成功率は実に90%オーバー、お客様ひとりひとりにあわせたプランの提供と実行のお手伝いをさせていただきますので、ぜひご利用ください。
さて、ここまででご質問はございますか?
……はい、それではお客様のためのプラン作りをはじめましょうか。
最初にお伺いすることにしているのですが、お客様の目的はなんでしょうか。
ええ、デスゲームって簡単にいうと参加者が命を賭けてゲームする、あるいはゲームをさせるという事なのですが、
それを主宰するにあたり目的というものが必ず存在いたします。
先ほど申し上げました通り、参加者を苦しめたいというケースが大半なのですが、
中には自分が混じってライバルたちと命がけのゲームのスリルを味わいたいとか、
デスゲームは復讐を果たすためではあるものの、そのゲームを通じて意図する異性と結ばれたいなんて方もいらっしゃいますね。
基本的に大きな目標はひとつ、多くてもふたつ。
小さい目標は三つから五つ程度にしておいてくださるとプランが成功しやすくなっております。
そして目標はできるだけ具体的に、よく5W1Hなんて申しますが「いつ、だれを、どこで、何を、なぜ」と「どのように」を明確にして、
すべての目標に優先順位をつけてください。
これ、わりと大事な事なんですよ。
例えばとにかく復讐!あいつを殺したい!なんて言って嫌いな相手をデスゲームに送り出してしまったします。
その主宰者様がモニターを見てみると、ゲーム開始と同時にその相手は自分のベッドで毒殺された姿で発見されたりします。
それはもうお怒りでしたね。殺すだけならさくっとやればいいものをわざわざデスゲームを主宰してまで復讐計画を練ったのに、あっさり殺されてしまうわけです。
とはいってもデスゲームは始めてしまうと止めるの大変ですからね。そこから先の消化試合を眺めているのはとてもつまらなさそうでした。
はい、ではお伺いいたします。
ええとお客様の目的は……、復讐ですね、かしこまりました。
学生時代に自分をいじめた相手を中心にその環境にいたクラスメート全員にまとめて復讐がしたいと。
メイン・ターゲットなどはいらっしゃいます? ほほう、二人ですね。ではこの二人はなるべく最後まで残しましょうか。
その他には?いない? はい、承知しました。
では次にシチュエーションなのですが、このあたりはマニュアルがありますので質問形式でいきますね。
――人数は何人ほどになりますでしょうか?
いうまでもありませんが、参加させる多いほどゲームの達成は困難です。
……約30名、承知しました。
――お客様ご自身はデスゲームに参加なさいますか?
参加なさる場合はご自身を優遇なさるか、あるいはほかのプレイヤーと対等に扱うかの選択を行います。
……なるほど、あなたは参加なさらない。
――期間はどのくらいをお考えでしょう?
開始から半日ほどで決着がつく場合もありますし、数か月かける方法もあります。
期間が長いほどに失敗の確率が高まりますのでおすすめできません。
参加者のテンションや運営のやりやすさを考えると二泊三日程度にしておくのが良いと思います。
……はい、五日ほどですね。もちろん問題ありません。
――ゲームの内容ですが、大きく分けて協力形式と対戦形式がございます。
協力形式というのは例えば古びた洋館で怪物から逃げ回るようなものです。
ひとり、またひとりと餌食になっていきますしイベント管理も容易になりますので、運営の立場からはこちらをおすすめいたします。
対戦形式ですと参加者が殺しあう形式ですね。
先ほど申し上げましたように殺害の動機付けはなかなか難しく管理も困難です。
トイレなどで目を離しているスキに数人死んでいたなんて事もよくあります。
……なるほど、殺し合いの方になさると。
――ご希望のシチュエーションはございますか?
あまり余人の目にふれない場所であれば大体の事はできますよ、――なるほど広い屋敷ですね。
……それでは廃ラブホテルなどいかがでしょうか。
それではお客様のご希望にあわせたプランですが……、
あ、早すぎます? 実はフローチャートみたいになっていまして、オススメのプランはテンプレートになっているんですよ。
まず、ターゲットは約30名。お客様の元同級生とのことですが、海外に居住していらっしゃる方は除外します。
さすがに海外から呼び戻すのはコストがかかりすぎるかと思います。よろしいですか?
招集方法は拉致にいたします。このご時世、旅行があたったとか言っても呼び出されてはくれませんよ。
チーム分けをいたしまして、なるべく早めに集めますが……、そうですね、全員揃うまでに下準備に三日、実行まで三日というところでしょうか。
モデルプランとしては飲料に薬物をしこんで昏睡させ、そのまま車などで運び出します。
今回は会場がホテルですので、それぞれの個室で数日間、寝泊まりしていただきます。
稀に使用した薬物で重症化されるターゲットもいらっしゃいますので、そのあたりはご承知おきください。
ホテルの窓や扉は一か所を残してすべて予めコンクリートで塗り固めておきます。
所用のため裏口の一か所だけ金属扉にリフォームしまして厳重に施錠いたします。
これ、リフォームしないと斧で叩き割られたりするんですよね。
窓ガラスからはコンクリが見える事になります。これで閉じ込められた感を演出いたしましょう。
屋内四か所に電波を妨害するジャマーを設置します。
もちろんスマホの類は拉致した時点で没収しておきますが、たまにカード型のGPSを所持されている方がいらっしゃるんですよね。
さて、それではゲームをスタートしたとします。
物語なんかでは目覚めてみると周りに同じように目覚めたばかりの人たちが……。なんてシチュエーションが多いのですが、
5,6人ならともかく30人でそれを行うのはちょっと無理がありますので、あらかじめ部屋に閉じ込めておきます。
人によっては2~3日ほど部屋で過ごしてからの参加になりますので、その間にゲームのルールを部屋のテレビから流しておきましょう。
参加者はそれぞれ個室から始まりまして、ゲーム開始の宣言中にスタッフが各部屋の鍵を開錠して回ります。
開錠宣言はお客様がしていただいても構いませんし、当方で司会進行を用意する事も可能です。
今回のご提案なのですが、殺し合い形式をご希望とのことですので、
完全に閉じ込められたホテル内で口渇をモチベーションに殺しあっていただくというプランをご提案いたします。
人間、水を絶たれると三日で、食料を絶たれると三週間で死に至ります。
時間がたっぷりあれば食料責めで良いのですが、今回は五日ほどですので水にしましょう。
この場合、台所はもちろん花瓶の水やトイレに至るまで飲料可能な水分はすべて撤去いたします。
ちょっとした裏技として最初に慈悲という名目でペットボトルを渡すという手もあります。
そのボトルの中に利尿剤を入れておくと体内の水分の抜けが早くなりますので、早々と展開が進むかもしれません。
ここまでやっても失敗する事が多々あります。
具体的には参加者様が皆さんまとめて乾いて死亡なさる事があるんですよ。
どなたさまも他者を殺害する勇気がないままに脱水症状が進んでしまって気づけば動けなくなるパターンです。
もし御懸念があるようでしたらスタッフが参加者に紛れて一人くらい始末するのもありです。というか、おすすめですね。
オプション領域としては少し高めになるのですが……、あ、はい。ではお見積りに計上しておきますね。
最後に撤去の方法です。
お客様のプランですと全滅エンドを目指されるわけですので、最終的には生存者ゼロでよろしいですね。
予め参加者様達には遅効性の毒を盛っておきます? 脱出されても近々変死なさいますが。はい、採用ですね。
ついでに会場となるホテルは失火により全焼するのが基本パターンです。
もしお客様が第二弾を計画なさるのであれば残しておく事も可能ですが、ゲームの現場を警察に捜索された際には隠し通すのは難しいものであまりおすすめしません。
以上がこちらが提供する基本プランとなっております。
オススメのオプションプランとしては武器を提供するとか、主宰者を名乗るぬいぐるみを用意するとかですかね。
特に最初にお伺いしましたターゲットの二名はあっさり死なないよう武器をお渡しする事をおすすめします。
いえ、殺し合い形式ですと対象が生き残るかどうかは偶然に頼る事になりますし、仮にスタッフが参加者として紛れ込みましても例えば遠方からの狙撃などの不意の事態には対応いたしかねます。
どうしても生き残らせたいのであれば序盤に殺害されたとみせかけて終盤まで監禁しておく手もありますが、それですと序盤・中盤では蚊帳の外になりまして復讐という観点からは少し外れるかなと。
――はい、それではスタッフが参加者として誘導・さりげなく護衛する形で終盤まで生存を試みます。
スタッフは全力で頑張りますが、万一の時は諦めていただけますようご容赦ください。
このスタッフですが、だいたい残り5,6人になったくらいで死亡と見せかけて退場します。
では参加者は約40名、それプラス、スタッフが三名。
スタッフの内訳として序盤に主宰者に反抗して殺される役、
ストーリーを誘導して中盤に殺される役、最後までターゲットを護衛する役がそれぞれ一名ずつです。
そのほか、黒子スタッフは何名か配置いたしますが気配を悟られぬよう干渉は必要最小限にしますのでお気になさらず。
いえいえ黒子スタッフは意外と必要なんですよ、デスゲーム中にトイレのつまりを直したり、冷蔵庫の製氷機に水を足したりという生活必需行為はわりとバカになりません。
このあたり参加者が自発的にするの待っているとかなり高確率で放置されまして、殺し合いよりトイレ詰まり解消に日数をかけちゃったりするんです。
武器もある程度いいタイミングで供給しないと、最初に用意した武器がまとめてなくなっちゃったりすると中々攻撃的になってくれません。
人間、自分が圧倒的に強い状況にならないと他者に襲い掛かろうなんて思わないんです。
それに死体に消臭スプレーをかけたり、換気扇回して死臭を薄めたりしないと、死臭ってものすごく匂っちゃって会場が地獄ですし、それはもう殺伐としたデスゲームって雰囲気ではなくなるんですよ。
このあたり、黒子スタッフが心を込めて誠心誠意頑張りますのでよかったら労ってあげてください。
ここまでで何かご質問はございますか?
契約書はここにありますし今すぐにご契約も可能ですが……、あ、持ち帰られます? ええ、構いませんよ。
デスゲームの主宰者様って大抵何かしらのこだわりをお持ちですし、プランも綿密に練りたいという方がほとんどです。
その一方で実現する際に細やかな準備や計画を見逃しがちですので、そのためのサポートをさせていただくのが弊社の役割です。
お客様の考えられたプランの再設計も承りますので、本日のプランに関わらず何度でもご相談にいらしてください。
お気に召しましたらご契約いただけますと幸いです。
ただし。
弊社の業務は極秘ですので第三者への情報開示、ひいてはご相談もおやめください。
裏方は完全な秘密事項です。
デスゲームの主宰者様はゲームの目的を達成することを、参加者様は必死で生存することをお考えいただくため、
我々の存在はあくまでも秘匿であること、お約束いただけますようお願いいたします。
――命を賭けたデスゲームの主宰者がスタッフとトイレ掃除の打ち合わせしているところとか、隠しておきたいでしょう?
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