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【恋に破れて…】
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土曜日。
特に大学に用事もないが、家にいても寂しいだけなので電車に乗って大学の近くにある繁華街にきた。
自分のために何か買おうかな。普段は入らないような大きいショッピングモールにも入った。
そうやって気晴らしはしたものの、昨日の今日なのでそう簡単に傷が癒えるわけではなかった。
なにも買う気にならず、1時間もしないうちに飽きてしまった。
癒しを求めてか、気がついたら俺の足はそこから離れた例の骨董屋へ向かっていた。
店の重たいドアを開ける。
ほんの薄暗い店内には客が見当たらない。いつものことだ。
いつもは「もっと客がいても良いのにな」と思うが、今日みたいな日にはこんな雰囲気の店がうってつけだと思った。
そう思っていたのも束の間、俺が店に入ったほんの数分後に店のドアがあいた。
誰とも会いたくない気持ちから、入ってきた客と目を合わせないよう ずっと興味のない商品を眺め続けていたら…
「やぁ♪」
うっ…その声……
振り返るとすらりと背の高い美形紳士…武田さんが手を挙げてニコッと笑っていた。
その笑顔にホッとして少し嬉しくなったが、同時に完璧とまで言える立ち姿と今の自分を比べてしまい絶望した。
うわぁああ、、、こんなに男前で顔面よかったら絶対自分に自信あるのになぁ……
「た、たけださぁああん…」
気がついたら俺は顔面ぐしゃぐしゃになっていた。ええい、もうどうにでもなれ。
「…タイミング悪すぎっすよぉおおお………」
「へ?!?!ちょっ……は、一君???」
武田さんはびっくりして俺のもとへ駆け寄った。
人目を憚るように…と言ってもレジ奥の店主以外俺たちくらいしか客のいない店で、武田さんは俺の肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
泣き顔を隠してくれているようだが、そんなことより顔が近い。
「こんな時にごめんよ。一体どうしたんだい?あの、僕でよかったら…」
少し静かになってから、もう少し強い口調で続けた。
「いや、悩みを聞かせてくれないかな?お節介かもしれないけど、君の力になりたいんだ。」
大袈裟かもしれないが、絶望のどん底で死にそうだった俺には心が救われるほど嬉しい言葉だった。
これ 後で冷静に考えたら、数回しか会ったことのないオジサンに喜んで悩みを相談しようと思うとんだカオスな精神状態だったが、そんなこと考えている余裕はなかった。
俯きながらこくこくとうなずいて、渡されたハンカチで涙を吹いた。アロマの石鹸みたいないい匂いがした。
「よしよし。…じゃ、」
かがめていた体をスッともとに戻して俺の肩を抱き寄せた。
「チョット歩いたところに広いカフェがあるんだ。そこでお話聞くよ。」
もう構図が寄り添って歩くカップルのそれで、扉に反射して見えた自分を見て少し恥ずかしくなった。
泣き顔を晒してしまった手前、どう見られようと構わないモードに入っていたので、やめろという気にもならなかった。
そのまま俺と武田さんは駅から離れた住宅街を通り抜けてカフェへと入った。
流石に人目の多いところでは、少し離れて歩いてくれたが俺の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
「それで、今日は何があったんだい?」
武田さんはほんのちょっと身を乗り出して優しい笑顔でそう切り出した。
初めて会った時と同じ、不思議と彼の言葉にはなんでも答えたくなってしまう。
「………いや…本当は、泣くほど大したことじゃないんです…よくある学生の悩みですよ…はは。………実は俺、大学1年の頃から好きだった女の子がいましてね、それで…この間その子に彼氏ができちゃったんですよ…。」
真剣に聞いていた武田さん。目が腫れてよく見えなかったが、一瞬悲しそうな顔をしたような気がした。しかし、すぐにまた微笑んで落ち着いたトーンで話した。
「ウワー、青春だねぇ〜。ずっとその子のこと好きだったんだ?それは辛かったね。……フラれちゃったってことかい…?」
「う……勝手に俺が好きになって勝手に失恋しただけなんですけどね。…情けないですよホント。ずっと思いを伝えようか迷っていたのに、結局今日まで4年間、何も言えなかった…。」
「4年…てことは、君は卒研生か。」
「はい。彼女は来年から就職で俺は院生なので、卒業前には告白しようと思っていたのですが…」
「あらら、他の男に先を越されちゃったわけだ。」
「そういうことになりますね…」
注文したコーヒーが届けられた。店員が去った後しばらく沈黙が流れた。
「そうだ!僕が奢るからなんでも頼んでいいよ!君、実家暮らし?」
「そんな、悪いですよ。あ…今は一人で暮らしていますが…」
「時間あるなら夕飯まで頼んじゃっていいからね〜」
ニコッと笑って見せる武田さん。口調はキザっぽいけれど、どこまで紳士的な人なんだ。あと顔がいい。
やっぱり、俺が現在進行で抱えている悩みとは縁遠い人なんだろうな…。
思わず声に出てた。
「いいなぁ、武田さんは。」
「?僕が??」
「あ……すみません。いや、だって、武田さんくらいビジュアル良くって紳士的だったら、俺みたいな悩みとか抱えないだろうなって思ってつい…」
武田さんは目を一瞬見開いてから店内をキョロキョロ見回すとわかりやすく照れた。
「えええ?!僕が???…あっ…そ、そうかい?…まいったな…ハハ」
お、さっきまでの自信ありげなキザっぽい調子はどこ行ったんだ。なんか可愛いな。
…じゃなくって、
「俺、自分に自信がないんです。おまけに勇気もないモンですから告白できなかったんです。心のどこかでフラれるってわかっていたのかもしれません…。」
「……武田さんは…」
恋愛で悩んだことないでしょうきっと…と言おうと思った時、コーヒーカップへ伸ばした大きな左手に指輪がないことに気がついた。慌てて質問を変えた。
「…誰かに思いを伝えられないこととかありました?恋愛とか関係なくて…その、どうやったら自分に自信が持てるようになりますかね?」
「ん…そうだね……」
武田さんはカップをクルクル回した。視線を落としてコーヒーをしばらく見つめてから答えてくれた。
「…思いを伝えられないこと僕にもあるよ。だから君の気持ち、とってもよくわかる。」
まぁ、優しい彼ならそう答えるだろうな。
そう思っていると、同じトーンで武田さんが続けた。
「君がそういう風に思ってくれるのは、僕が自信ありそうに振る舞ってるだけだからだと思うんだ。でも本当は……僕も君と同じで、小さい頃から…今日までずっと自分に自信がない…」
武田さんの顔が一瞬曇った。どうやら本当のようだ。
「それに………たとえ自信や勇気があっても…どうしても叶わない願いとか、伝えられない思いとかもこの世には沢山あってサ。…自分の力じゃ、どうすることもできないってわかった時が一番苦しいんだよね…。」
…
「でも…他人の気持ちなんて自分の思うように変えられるわけじゃないし、その人のことを思ったら自分の意に反することをしなくっちゃいけないことだって……。」
……
「………なんか、そういうのを乗り越えたから、今みたいに振る舞えてるってのもあるのかも。吹っ切れちゃったってやつかな?……なーんてネ!フフッ」
「武田さん……」
「それに!」
顔を上げ、パチンと指を鳴らして俺を指差した。
「君はまだ若い!この世界に女のコは沢山いるんだから、1回くらいの失恋でしょげてちゃもったいないよ〜!出会いをもっと大切に、ネ♪」
やっぱりキザじゃないか。整った顔面とそんな振る舞いにドキッとした。圧倒され、固まった俺を見て続けた。
「あ、僕なに言ってんだろね。これじゃなんのアドバイスにもなってないよね。んー、すまない…」
キザキャラから一転、またわかりやすく照れて頭をかく武田さん。
でもなんだか彼のそういうところがお茶目で愛おしい感じがして、いつの間にか悲しい気持ちは何処かへ行っていた。
心なしか俺の気分も明るくなったような気がした。
「いえ、武田さんのおっしゃる通りです。まだまだ俺もガキなんで、一回くらいの失敗で落ち込むのはやめようと思います。話、聞いてくださってありがとうございます。おかげで元気でました!」
武田さんの顔がぱっと明るくなった。
「お!そうかい?それならよかった!じゃー、今日はもう遅いしこのまま夕飯にしちゃお♪ もちろん僕の奢りで!!」
どうしても奢らせたいようだ。不思議な人だな。
「ふふっ、じゃあお言葉に甘えて!」
それから俺たちは悩みの件をすっかり忘れて趣味の話をした。
「へぇ、やっぱり武田さん器用っすね。60 cm以上のドールって結構作るの難しくないですか?」
「そうかなー?僕からしたら君の方がずっと器用だと思うけどね。ああいうのってすっごく細かいじゃん。意外とおっきい方が作りやすかったりするよ〜。その分材料費とか時間はかかっちゃうけど。」
「あ、そうだ。写真とかあるんですか?見てみたいなぁ、なんて。」
「お!喜んで!!」
カメラロールには美しい人形が映った写真が沢山あった。
その中でも特によく被写体にされている一体の人形…とてもキレイな青年の人形が目についた。
「あの、武田さん。」
「ン?なんだい?」
「沢山映ってるこの人形って…」
武田さんの指がピクッとなった。
「彼かい?フフッ…よくできているだろう?実は僕の中で一番よくできた子なんだ。」
確かに、クオリティもそうだけれど何より他のどの作品よりもキレイに手入れしてあって大切にされているのがわかる。
「やっぱりそうですよね。俺も一番よくできた作品とかは特に大切にするんで気持ちよく分かりますよ。あ、名前とかあるんですか?」
「君は話がわかるなあ!そうそう、沢山作ってても一番よくできたやつほど思い入れが強くなっちゃうんだよねェ。名前ね…僕はイワン君って呼んでるんだ。」
「おっ、良いですね!イワン…ってロシア人名でしたよね?俺も前にロシア語知ってる友達にちょっと教えてもらったことあるんすよ。響きがカッコ良くて良いですよね〜。」
この人形ロシア人なんですか?と聞こうと思ったが、ロシア人にしては顔が日本風すぎる…作者の手癖でそうなることもあるだろうと思ってあえて言わなかった。
そんなことよりもロシア語がかっこいいという言葉に反応して、武田さんが目を輝かせた。
「かっこいい…?…!本当?!?!滅多に言われないから嬉しいなー!」
「…あ、というのも僕、ロシア人とのハーフでね。ロシアで生まれて子供の頃に日本に来たんだけど、結構コンプレックスだったからそう言ってもらえると嬉しくてね、つい。」
なるほど納得。それじゃ背も高いし、顔も良いわけだ。
「めちゃくちゃカッコいいじゃないっすか!!!え、てことは武田さん下の名前ってやっぱりロシア人名なんですか?!」
「ご名答。生まれた時は日本に住む予定なかったから向こうの名前でつけられちゃって。人前では名字で自己紹介することが多いけど、下はミハイルっていうんだ。」
強すぎる。ただでさえスペックが高すぎるというのに、カッコ良い外国人名ときた。
興奮して思わず身を乗り出して話を聞いていた。
「ですよね!!わぁ、憧れるなーー!俺もそういう外国っぽい名前だったらよかったのになぁ。…あ、そうだ今度俺にもつけてみてくださいよ、そういう感じのあだ名!なんて、へへっ。」
「…一君…」
武田さんは一瞬驚いたように目を開いて、でもすぐニコっと笑うと俺の目を見て言った。
「君は本当に優しくて良い子だね。仲良くなってよかったよ。」
改めてそう言われると嬉しいが、やっぱり彼に言われるとドキドキした。
俺は夕食をご馳走になって、駅まで見送ってもらった。
別れる前に、武田さんに誘われてまた会う約束までした。
「ね、今度僕の家に遊びにおいでよ。家って言ってもほとんどアトリエみたいな感じで散らかってるんだけど、作品とかぜひ見てもらいたいな♪」
「えっ、いいんですか。じゃあ、俺もなんか作れそうなものとか持ってお邪魔しますね!」
「是非是非!僕の家ここから徒歩で行けるくらい近いとこにあるんだ。
…あ、そろそろここらへんでお別れかな?」
「そうですね、今日はありがとうございました。武田さんのおかげでまた明日から頑張れる気がします!」
「ならよかった!またいつでも相談に乗るから。僕も楽しかったよ、ありがとう!じゃ、пока(またね)一君♪」
「はい!失礼します!」
夜風が程よくひんやりしていて気持ちがいい。
軽い足取りで駅へと向かった。
#2 自分に自信がなくて… ~END~
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