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あなたにとって特別な存在
【学生の一日】
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週が明けて月曜日になった。
「なぁ、なぁってば川ちゃん!」
実験終わりに昼飯を買いに行こうとしたら、同じ研究室の小川恭也に背中をどつかれ、声をかけられた。
「みなみ、取られちゃったな?な??」
うげぇ、やっぱりその話題かぁああ!!
「ぁあ〜〜聞こえない聞こえない!絶対その話題出ると思って今日一日お前に必要最低限しか声かけないつもりだったのに。そっちから来るなんてな!」
「あ、やっぱりわざと喋んないようにしてたんか!へっへー、可愛いとこあんなお前も。」
そう言いながら恭也が大きな手でぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。
「るせぇ!昼飯買いに行くぞ、ちょっと付き合え!!」
「はーい」
好きだった女子に彼氏ができて友人が悲しんでいるというのに、恭也ときたら満面の笑みで絡んできた…というかむしろこの状況を楽しんでいるかのようだった。
この不謹慎な男は1年の頃からの仲間の一人で、大学の中では一番仲のいい友人だ。なんなら、俺がみなみのこと好きだったということを唯一知っているやつだ。なおのこと不謹慎である。
「いやーーー、しっかし俺もびっくりしたな〜あいつ卒業まで彼氏できないもんだと思ってたのによ。」
「それはみなみに失礼だろ。」
「へっ、お前だってそう思ってたくせに。だって先週の誕生会の時のボーゼンとした川ちゃん、明らかに魂抜けた感じがしてヤバかったぞw不意打ちで全HP抜き取られたみたいで、面白いの通り越してちょっと心配しちゃったわ。」
「ウェ?!そんなにショックだったの顔に出てたか…?!あれでも頑張って隠し通したつもりだったのにぃ〜」
間を置いてから明るい声で恭也がフォローした。
「いや、気がついてたのは俺だけだったな!」
「何を根拠にいってんだ…」
ポンと肩を叩かれ、親指をぐっと立てて見せられた。
「失恋したものの苦しみは失恋した者にのみわかるのだ!!!!」
恭也は俺と違って高校からモテる方だったというが、高校時代はサッカー部の活動に専念していたため彼女は作らなかったという。
高校卒業と同時に、仲の良かった部活のマネージャーの子と付き合うことになったが、2年の頃に別れてしまった。
原因は彼女の方にある。別の大学に進学した彼女は学生になった途端、恭也以外の男と遊び回るようになったのだ。恭也はずっとそれを黙認していたが、向こうからフラれてしまったとのことで…
彼の方が俺なんかよりもずっと悲しい失恋を経験をしている。
「みなみと付き合ってたわけじゃねーからまだ良いじゃん!悩みを分かち合おうぜ〜戦友よ!」
「戦友か…なら俺らとっくに敗北してるよぉ〜!!」
昼食を買って研究室フロアにある小さな食事スペースに腰を下ろす。
俺たちは修学旅行中の高校生のようにさっきと変わらない恋愛話を続けた。
「にしても川ちゃん立ち直りはえーな。俺なんか、フラれて1ヶ月は生きた心地がしなかったけど…やっぱ正式に付き合ってなかったから傷も浅かったんか??んなわけないよなー、4年間ずっと好きだったもんな。」
立ち直り…その言葉を聞いてふと美形紳士の笑顔が浮かんで、
「いや、今もめちゃくちゃ傷ついてるけど…でも最近できた友達に救われたっていうか。……あ…」
ついうっかり武田さんの存在を口にしてしまった。
「おお?!何々??俺以外にも恋愛の話してた奴がいたの?????川ちゃん俺にしかこんな話しないっていったじゃーん!恭也ショックかも〜」
恭也がふざけてぶりっ子の仕草をしながら上目遣いでいった。
サッカー部仕込みのガタイのいい体には不釣り合いだ。
仕方ない、趣味は隠したまま話してやるか。
「学生じゃないんだけどな、よく俺が入ってる骨董屋で会ったオジサンでさ。ちょっと話して感じの良い人だったから仲良くなったんだけど、すげー優しくしてくれるんだよ。」
「へー、それでHP皆無になった弱弱川ちゃんを見て心配して話を聞いてくれたってわけか。」
「うんまあ、そんなとこかな。悩みを相談したらすごい励まされてさ。ほんと優しいんだ、その人。人生経験豊富もそうでさ…やっぱ大人は違うなって思ったわ。」
俺を見て恭也がふふっと笑い、またポンと肩を叩かれた。
「やっぱ川ちゃんおもしれーわ!」
とその時後からカツカツと足音がして続けて声が聞こえた。
「ちょっとお楽しみのところ失礼。小川君、先週貸したUSBメモリ返してもらいますよ。今から必要なので。」
振り返ると同じフロアの違う研究室に所属する坂戸明が立っていた。坂戸は同じ学年だが、1年の頃から堅っ苦しくてほとんど敬語で話す。
「ぬわっ、そうだったな!ちょっと待ってろ、今とってくるから!!!」
ガタガタと騒がしく席を立ってから恭也が研究室に入っていった。
あー、2人きりになっちゃった。コイツ妙にツンケンしてるから、なかなか話しにくいんだよなぁ。
余計なことは話さない印象の坂戸が珍しく口を開いた。
「…さっきの話」
「え?」
「店であった男性のことですよ。…よくもまぁ、そんな店であった程度の他人に悩みを打ち明けたりできますね。そんな簡単に心を開いて、誰とでも打ち解けようとして…、それだからあなたという人は…いえ、なんでもありません。」
出たぁ!!!坂戸明のお約束(?)『マウント&撤回』!!!!!!
1年の頃から成績1番だった坂戸は何かとこうして人を見下すようなことをぽろっと口にする。良識はそこそこ残ってるようだからすぐ撤回するけど。
そんでもってこいつは、俺を含めて成績上位の学生には特段きつく当たる悪い癖がある(自慢じゃないけど実は俺、学科で上位5番以内だったりするんだ★)。何なら俺には特に当たりが強い。
俺が黙って見つめていると、坂戸が下がったメガネを直して続けた。
「随分と優しくされているといっていましたが…それだけ聞くと気味が悪いですよ。何か理由があって、それだけあなたに肩入れするんじゃないですかね?…死んだ誰かに似てるとか…?」
趣味を通じて仲良くなったことを省いて話したからそう聞こえるんだ。
…てか、そんなに俺たちの話聞いてたのか。気味が悪いのはそっちだって。
「む。武田さ…あの人はそんな人じゃないし。だいたい、死んだ誰かに似てるってどんな設定だよ!それあんたの創作か??」
「あ、いや、妹が最近話していた漫画の内容でそういうのがあったから…少し言い過ぎましたか?すみませんね。」
ちっとも心のこもっていない「すみません」だった。
居心地の悪い空気が流れた後、しばらくして恭也が戻ってきた。
「坂戸〜!わりぃわりぃ、これだろ?サンキューな!おかげで助かったぜ。」
「ちゃんとコピーしてから使ったんでしょうね?」
そういえばこの間、恭也が坂戸から借りたexcelファイルにそのままデータを上書きて返したかなんかでこっ酷く叱られてたっけ。
「決まってんだろ、この間お前に叱られてからちゃんとコピーしたのを使うようにしてるっつーの!こんなん、言われねーとわかんねーよ。」
「それくらい常識ですよ。ま、これで小川君がまた一歩常識人に近付いたのならよしとしましょうか。」
フンと鼻で笑う坂戸。恭也はふざけた調子で坂戸を指さした。
「なんかムカつくなぁー!そーいうトコだぞお前〜!!……あ、もうこんな時間か。川ちゃん、もうすぐ待ち時間終わるから戻ろうぜ。じゃな、坂戸!」
そうして俺たちは坂戸と別れてその場を後にした。
「坂戸、三人称まで『あなた』なのに、俺だけにはなぜか名前で呼んでくれるんだよな〜、あいつもおもしれー奴wあれ、この話前もしたっけ。」
「あの坂戸と対等にベラベラ喋れんの、お前くらいしかいないからだろ。お前も十分面白いやつだよ。」
研究室に戻った後、俺たちはそれぞれの実験を続けた。
その間、なぜか坂戸に言われた言葉が心のどこかに引っかかっていた。
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