あなたにとって特別な存在

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【何か理由があって…】 ============= 試薬の発注ミスで実験ができなくなってしまったので、金曜日は1日休みにすることにして、またブラブラと大学の周りを散策していた。 まだ午前中だったので、店はどこも空いたばっかり。先週のように暗い気分ではなかったが、こういうときにも俺の足は例の骨董屋に向かってしまうのだった。 店に入ると…何度目の光景か、すらりとした佇まいの美形紳士が商品を眺めていた。 紳士はドアが開くと同時にこちらをチラリと見て、すぐにパッと明るい笑顔を見せた。 「やぁ、一君!今日も君に会えるんじゃないかと思ってここにきていたらほんとに会えちゃった♪僕ってとってもツイてる!」 出会い頭によくもそんな人を喜ばせるようなことをスラスラといえたもんだな。こっちが恥ずかしくなっちゃいそうだ。 「お、奇遇ですね。俺、今日は実験なくなったんでこうして暇してるんすよ。武田さんお仕事はどうしたんですか?休みとかですか?」 「そ!昨日今日とPCとか機材の入れ替えで全員会社に入れないからこうして休みを取らせてもらってるんだー。あ、そういえば!」 「一君今日暇かい?」 「え、まぁ暇っちゃ暇ですけど。」 「僕の家にこない?ちょうど昨日の夜お菓子作ったトコだからご馳走してあげる♬」 お菓子作れるのか、やっぱり器用だな。でもちょっと可愛い。 「いいんですか?!そうですね。じゃ、お邪魔します!」 骨董屋から歩いて10分ほどのところ、武田さんの家は大学近くの閑静な高級住宅街にあった。 「さ、ついたよ。ここが僕のお家。散らかってるけどおもてなしするスペースくらいはあるんだ。」 そう言って武田さんは入り口の小さな門を開けてくれた。レンガ調の作りに黒のアイアンフェンス、いかにも彼らしい雰囲気のお洒落な空間だった。 それでもって玄関の広いこと。玄関だけじゃない、入ってすぐのところにめちゃくちゃ広いリビングのような空間が3つくらい広がってて、そのうちの一部がカウンターキッチンになっていた。 家具もやっぱりアンティークなものが多くて、どこを見渡してもため息が出るほど美しかった。 「うわぁああ、すごいとこ住んでるんすね…。散らかってるなんて言ってますけど十分キレイっすよ…。」 「そうかい?ははっ、まだ一部しか見せてないからね。でも誰かを家にあげること滅多にないから、そう言ってもらえるとなんだか照れちゃうなぁ。ここら辺でゆっくりしてておくれよ、今お茶出すから。」 「有難う御座います。そういえば、武田さん…」 「なんだい?」 「ここに住んでるのって武田さん一人っすか?」 「そうだよ。…あ、イワン君もいれたら2人暮らしだけどネ♪」 玄関の横にも何体か小さい人形が置いてあったような気がするが、住人としてカウントするのはこの間写真で見せてもらったイワン君だけなのか。 椅子に腰掛けようとしたら武田さんがすぐに戻ってきた。 「君はコーヒーと紅茶どっちがいい?」 「じゃ、コーヒーで。」 「何か入れるかい?」 「ブラックでお願いします。」 武田さんが一瞬明らかに驚いた顔をした。 「…一君、ブラック飲めるのかい?!」 なんだそんなことか。ちょっと面白くてフフッと笑ってしまった。 「当たり前じゃないですか。俺何歳だと思ってるんすか、今年で22っすよ?もー立派な成人です!子供扱いしないでくださいよ〜。」 頬杖をついてカッコつけて言ってやった。 すると武田さんが俺の顔を覗き込んでニコッと笑った。 「ゴメンゴメン。一君、可愛いからブラック飲めるなんて想像できなかったんだ。僕から見たらまだまだ子供なんだけどなぁ〜…なーんて…フフッ、冗談だヨ♪」 そう言いながら大きな手で俺の頭を優しく撫でた。 行動は紳士なのに言葉はキザで、おまけに顔面が良くて、なんなんだこの人は… ドキドキして返す言葉が見当たらなかった。 … 「はい、これ昨日作ったお菓子。よく母が作ってくれたものなんだ。ケーキクッキーみたいなロシアのお菓子だよ♪」 中央に赤や黄色のジャムが入った分厚いクッキーが出された。お洒落な形も、綺麗な色合いも食べ物とは思えないほど繊細だった。 「なんか、何から何までオシャレじゃないっすか。いいなぁ〜!惚れちゃいますよ〜」 本当にそう思っていたが、ちょっと冗談めかして言ってみた。 それを聞いた武田さんは慌てて視線をそらすとコーヒーを机に置いた。 「惚れッ……ぇえ??僕に??もぅ、君って子は…」 そう言って彼は嬉しそうにニコニコしながら、席についた。 俺が惚れたら嬉しいのか?わかりやすく表情に出るところも可愛いと思った。 「ところでさ、一君?」 「なんでしょう?」 「趣味とか悩みとかの話が先んじてたせいで僕、君のことよく知らないんだった。色々聞いてもいい?」 「そうでしたね、構いませんよ。」 「有難う、じゃあなにから聞こうかな…あ、そうそうさっき実験がとかなんとか言ってたけど君って科学系の学生さんなの?」 「そうですよ。専攻が生命系だから、病気とか・生体内で起こるメカニズムの解明を中心に研究したりしてるんです。病気を治す勉強をしてるわけじゃないんで医学部とは違いますけど、結構楽しくて…」 「へー、今ってそんな学科もあるんだ。僕も学生の時は薬理に関係することをやってたけど、化学科で研究してたな〜。」 「なんだ、武田さんも専攻近かったんすね。だったら、あれじゃないっすか?結構1年の時とか授業多くありませんでした??」 「そうだったっけかなぁ〜。あーでも、全然趣味に没頭してた記憶なかったからやっぱり忙しかったのかも…君、部活とか入ってるの?」 「一年の頃は美術部とか色々入ってたんですけど、結局授業とか実験で忙しすぎて全然参加できなかったんで、2年の頃に全部辞めちゃいました。だから帰宅部ってやつっすね、これはこれで気楽なモンっすよ〜!」 でも…そのせいで、結局学科の仲間となんとなく仲良くして、何となく学生生活を送る4年間を過ごしてきんだ俺は。 仲間外れにされるのが怖くて、誰かと合わせて過ごしてきた。自分の気持ちとか好きなものとかなんて考えたことなかった。 だから、こうして趣味を語れたのは… 「…初めてだったんだね?」 「え…??」 「この間君があんまり趣味のこと人に話さないって言ってたし、今も部活とかすぐ辞めちゃったって言ったから…こうして趣味の話とか語るのって僕が初めてなのかなぁって…なんて。」 図星だ。なんか心の奥を見透かされてるような感じがしたが、やっぱり悪い気はしなかった。というかむしろ少し嬉しかった。 「なんでわかったんすか〜!その通りですよ!!!なんでもお見通しってやつですね〜、へへっ!」 「そう?それは良かった♪……一君…?」 飲んでいたコーヒーを机に置くと武田さんが真剣な顔でこちらを見つめてきた。 「君さえよかったらこれからもなんでも話して。ずっと…友達でいてくれるかい…?」 その眼差しにドキッとした。 急に真剣になるの、反則だ。 俺はなぜかその気持ちがバレるのが恥ずかしいと思った。 「とッ、当然じゃないすか!!!もちろんこれからも…!…お、これ美味しいっすね!」 気持ちをそらそうとして、話の途中で出されたお菓子をいただいた。とんでもなく美味しかった。余計好感が上がってしまう。 「あ、本当?!良かった♪よく生焼けにしちゃうから心配してたんだ。……でも、なんか嬉しいなァ〜♪一君にとって唯一趣味を語れる人になれるなんてすごく光栄だもん!」 … 「そういえば君は来年院生になるって言ってたけど、院試とか受けたばっかりだったの?忙しかったんじゃない?」 「いや、ありがたいことに成績優秀者に選ばれていたから、書類だけで通ったんですよ。顔パスってやつっすかね。」 「君…頭いいんだね…!」 …… 「それで、12時前に学食はいらないと混雑してもう大変なんですよ〜」 「フフッ、争奪戦になっちゃうのは昔も今も変わらないネ。」 ……… それからしばらくは俺の学生生活についての話題で盛り上がった。 趣味を共有する友人はいないものの、そこそこ幸せに学生生活を送っていることを聞いた武田さんは(なぜか)始終とても嬉しそうにしていた。 すると突然、武田さんが切り出した。 「そうだ、君にまだちゃんと紹介していなかったよね?チョット待ってて!」 大体察しはついている。 武田さんは席を外して、リビング横の廊下へと出て行った。しばらくすると彼は案の定、椅子に腰掛けた美しい人形とともに現れた。 「改めて紹介するよ。彼がもう一人の住人…イワン君だよ♪」 おおよそ子供ほどのサイズのその人形は、写真で見るよりもずっと美しい超大作だった。ずっと奥まで透き通るような瞳はおそらくガラス製だろう、幸せそうに微笑む表情なんてまるで生きているかのような仕上がりだ。 「…は、初めまして…!…川越一って言います…ど、どうぞよろしく。」 あまりの完成度に、つい人形相手に挨拶なんかしてしまった。 「ハハッ、一君は律儀だねェ!でもきっとイワン君も喜んでるはずだ。お友達が増えて良かったね〜。ふふ…Спасибо(ありがとう)、一君♪」 そういうと武田さんはニコッと笑いながら、先ほど俺にしたのと同じように優しくイワン君の頭を撫でていた。 そのまま武田さんは続けた。 「僕はね、一君。…お人形相手なのに変な話だと思うかもしれないけど……」 「こうして幸せそうにする彼をそばで見守っている…それだけでとても幸せなんだ。」 会った時から不思議な男だと思っていたが、やっぱり不思議なことを言う人だ。 でも、穏やかな笑顔でイワン君を見る彼を見た時、本当に大切にしてるんだなぁと思った。 それと同時に、何かが胸にチクリと刺さる感覚がした。 武田さんはただの趣味仲間なはずなのに……彼には自分意外にもっと大切なものがあると知った瞬間、落胆と嫉妬の感情がぐるぐると心の中で渦巻いていた…… …それだけじゃない… この時すでに薄々感づいていたのかもしれない…… …俺がイワン君と同じように特別に扱われる理由… 『何か理由があって、それだけあなたに肩入れするんじゃないですかね?…』 坂戸の言葉が何度も心の中でこだましていた。 #3 あなたにとって特別な存在 ~END~
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