ダークな出会いにときめいて その1

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ダークな出会いにときめいて その1

「だめだ、全然、怖くねえ。……先生、悪いけどここまでのシナリオ、没にさせて貰うよ」  ディレクターの藤野は撮ったばかりの動画を見終えると、僕が書いた台本を放りだした。 「今さら無茶言うなよ。代わりのシナリオなんてすぐには用意できないぜ」 「この場でぱぱっと書いちまえばいいんだよ。できるだろ?」 「だったらお前が書けよ。……だいたい見た感じ、このロケ場所に怪しい気配なんてないけどな」 「だからさ、お前は適当な怪物をイメージしてくれりゃあいいんだよ。それであちこち指さして「ほら、あそこ!」って叫べばそれで番組になるんだよ」 「何もない場所を映しながら……か?」 「そう。音や光はあとで入れるからさ、まずは化け物の特徴を考えてくれ。できるだけえげつない奴を頼むぜ」 「やれやれ、また次元の低いやらせの片棒を担がされるのか……」  僕は上機嫌の藤野を睨み付けながら、渋々タブレットの画面に向かった。                 ※  僕の名は倉内曜士(くらうちようじ)、三十三歳。目立つことが嫌いな、自分で言うのもなんだがダメ男だ。  本業は塾講師だが、僕にはもう一つ別の顔がある。夢塚瞑道(ゆめつかめいどう)というホラー作家だ。  作家として初めての本が出てから半年、そこそこ売れてはいるようだが、夢塚瞑道本人に会ったと言う人間はまれだろう。なぜなら夢塚瞑道はローカル番組の一コーナー内のみに存在する架空のキャラクターだからだ。  平凡な僕がカメラの前でへんてこなキャラクターを演じる羽目になったのは、幼馴染でテレビ局のディレクターをしている藤野がある日突然「お前、来月から怪奇スポットのリポーターをやれ」と上から目線で電話をしてきたからだった。  僕は昔、大事故で九死に一生を得て以来、色々と妙なものが見える体質なのだが、藤野のはそんな僕を怪奇作家に仕立てて番組で使おうという悪だくみを企てたのだ。 「怪奇博士の支度は整ったか?怪物の出る建物を決めてきたぞ」  藤野はつけ髭の位置を直している僕を強引に急き立て、撮影隊の前に引っ張っていった。  僕は頭の中で夢塚瞑道になりきりながら、たった今決めた「いわくつき」の集合住宅に入っていった。ちなみに僕が時々見る怪物は、透き通った幽霊ではない。人間と動物が混じったようなリアルな化け物で、いままでテレビカメラに映ったことは一度もない。  怪物は人間にちょっかいを出すこともあるが、他の人たちは怪物を認識することができないらしく、それらを自然現象と捉えているようだ。 「ちょっとカメラ止めて。怪物のイメージを説明するから」  僕はカメラマンの河岸に言うと、タブレットを撮影クルーに手渡した。画面上には知り合いに頼んで作って貰った、僕がよく見る化け物の説明用CGイラストが表示されていた。 「なるほど、こいつが現れるわけか。……で、こいつはいったい、なんなんだ?」  藤野がタブレット上に表示された怪物のCGを見て、僕に尋ねた。そんなこと、僕にだってわかるはずがない。僕はただ「視える」だけで、怪物たちに気づかれたことは一度もないのだ。名前があるかどうかすら知らない。だが、藤野はどん欲だった。 「なんか急いでそれらしい名前をつけてくれよ。それから、俺たちに何を訴えようとしているかっていうバックボーンも忘れずにな」  藤野の無茶なオーダーに、僕は頭を抱えた。全身に蛇を巻きつけた、人間の顔をした犬。こいつをどういうキャラクターに設定すれば、視聴者は震えあがってくれるのだろうか。
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