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ダークなお国のクッキング
自宅に戻り、キッチンに足を踏みいれた僕が最初に目にしたのは、冷蔵庫の前に山と積まれた卵のパッケージだった。
「なんだこりゃ……運動部の合宿所だってこんなに買いこまないぞ」
僕は冥花がシャワーから出て来るのを待って、問い質した。
「なんでこんなに卵があるんだよ」
「おかしいか?先生が食べると思って、コンビニとかいう店にあった物を全部買ったのだ」
冥花はドライヤーを物珍し気にいじりながら、目を丸くして言った。
「卵は嫌いじゃないが、いくら僕でもこんなに蛋白質ばかりは摂れないよ。いったい、何を作るつもりだったんだ?」
「何も。そのまま食べるんだ。丸のみが一番うまいぞ」
「丸のみって……蛇じゃあるまいし、お腹を壊すぞ」
僕が蛇という単語を口にした途端、冥花の眉が困ったように上下した。
「そうか。そういうものなのか……」
「まあいいや。髪を乾かしてる間に何か作ってやるよ。何がいい?」
「なにって、何が作れるんだ?」
「簡単な物なら何でも。……そうだ、オムライスにでもしようか。これ全部は無理だけど」
僕が卵の山を見ながら言うと、冥花が「オムライスってなんだ?」と聞いた。
「まさか、オムライスも知らないのか?いくら日本人じゃないからって……そういえば、オムライスも知らないのにどうやって日本語を覚えたんだ?」
「日本語?……ああ、人間の言葉か。冥界の森にある『知恵の樹』の中に入って覚えた。あそこは『うつよみの壁』を超えて人間世界の声が入ってくる。私は人間の世界でやってるドラマとか、アニメとかいう物で言葉を覚えたのだ」
「知恵の樹?うつよみの壁?……相変わらず謎めいたことばかり言う子だな。でもまあわかった。確かに日本のドラマやアニメは海外でも放映されてるもんな」
僕は玉ねぎとソーセージを手早く刻むと、フライパンに油を敷いて残りご飯と一緒に炒め始めた。芸のないケチャップライスだが、まあいいだろう。
「……それ、なんだ?卵は使わないのか?」
ご飯にうっすらと色がつき始めた頃、いきなり背後から冥花の声が飛んできた。
「なんだ、お腹がすいて待てなくなったのか。卵は最後だよ。乾いちゃったらおいしくないだろう」
「それはいらない。卵だけでいい」
冥花の言葉に、僕は思わず「えっ、ご飯なしのオムレツでいいのかい」と叫んでいた。
「その代わり、卵は十個以上ほしい」
妙な注文を真顔でつけてくる冥花に、僕は仕方なく「わかった、そうするよ」と応じた。
――やれやれ、ご飯がいらないとは。こんなにおいしそうな匂いがしてるのになあ。
僕はご飯を取りよけると、卵を片っ端から割り始めた。一回の食事でこんなに卵を使うのは初めてだ。本当に大丈夫なんだろうか。
僕はフライパン一杯に波打つ黄色い卵液の海を、苦心してオムレツにし始めた。やがて、ふわふわした黄色い物体ができあがると、僕は火を止めて一番大きな皿の上に移した。
「一応、できたけど……なんだか『ぐりとぐら』みたいな物凄いもんになっちまったな」
僕が巨大オムレツの乗った皿をリビングに運ぶと、冥花が「うわあ、うまそう!」とテーブルに飛びついた。良く見るとただ乾かしただけの冥花の髪はぐしゃぐしゃで、ジャングルから飛び出してきた野生児のようだった。
「おい、ヘアブラシもあっただろう。どうして使わないんだ」
「ブラシ…」
「わかったよ。ブラシってなんだって言うんだろう?……こっちに来な。梳かしてやる」
僕は冥花を椅子に座らせると、ヘアブラシで髪を梳かし始めた。最初は怪訝そうな顔をしていた冥花もしばらくすると目を閉じ、気持ちよさげな表情になった。
「いいぞ、先生。こんなこと、うちのパパはしなかった。あたしこれ、気に入った!」
僕は楽し気に体を揺する冥花の頭を片手で押さえつけ「動くんじゃない」と叱った。
「手早くやらないと、せっかくのオムレツが固くなっちまう。おいしいうちに食べたかったら、おとなしくしてろ」
「……わかった。おとなしくする!」
僕はテーブルの上の奇妙なオムレツとそれ以上に奇妙な少女を交互に眺めながら、ふと「こういう毎日も、意外と悪くないかもしれないな」と柄にもないことを思い始めていた。
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