ダークな差し入れに気をつけて

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ダークな差し入れに気をつけて

「死の峠でバーベキュー?……何考えてんだ、お前」  藤野から次回企画のタイトルを聞かされた僕は、内容を聞く前に断る決意を固めていた。 「かみさんのの実家から、北海道の食材が山ほど届いてな。食いきれねえからどっかの河原でべーべキューでもすっかって河岸に話したら「ちょうどいい怪奇スポットがある」って話がきたわけだ」  藤野はただのレクリェーションの話を、さも自分の手柄であるかのように話し始めた。 「……で?肉かなんかを食いながら「ほら、あそこに怪物が!」ってやんのかい。お前さんはともかく僕の役柄で明るいバーベキューに参加してたらおかしいだろう」  僕が苦言を呈すると、藤野は「そこのギャップがいいんだよ。和やかな会食中にいきなり怪奇現象が起きるなんてあり得ないだろ?」と自信たっぷりに言い放った。 「あり得ないってわかってんなら、今からでも没にしろよ。ただ遊びたいだけだろ、お前」  僕が事実上の断りを口にすると、藤野はそれには応じず「とりあえず、現地のスチールを送っとくから、ふさわしい怪物を考えておいてくれ。水辺がいまいちだったら近くのトンネルに出させるからよ」と無神経な注文を被せてきた。 「おい、冗談じゃないぞ、そう都合よく……」  僕が依頼を断ち切るより一瞬早く、藤野のからの通話は打ち切られた。畜生、なんて奴だ。僕が仕方なく藤野から送られてきたファイルを開くと、橋のかかった小さな渓谷と、河原でバ―ベキューを楽しむ人たちのスチールが現れた。  ――これのどこを『死の峠』に仕立て上げりゃいいんだよ。  僕が頭を抱えていると、「先生、困ってるのか?」と背後から声がした。振り向くと冥花が不思議そうな顔で大きな瞳をこちらにむけているのが見えた。 「いや、なんでもないよ。それにしてもどうして僕が困っていると思った?」  僕が尋ねると、冥花は「先生、困ると頭ぐしゃぐしゃする」 「そうか、僕は無意識に髪を掻き回す癖があるからな。意外と観察眼が鋭いんだな」  僕は冥花の子供のように澄んだ目を見返しながら、少々、言動は幼いが頭は悪くないなと思った。この数日の変化を見ていても、新しい環境に適応しつつあるのは明らかだ。 「先生、いつもぐしゃぐしゃ。でも困るともっとぐしゃぐしゃ。いつもくらいの方がいい」  なんだか遠回しな表現だったが、言いたいことはよくわかった。冥花は僕にあまり悩むなと言っているのだ。 「わかったよ冥花。どうせ藤野の仕事だ。適当にお茶を濁すことにしよう。……なに、少々、あらが見えたとしても僕の責任じゃない」  僕はそう言うと、冥花の赤みがかった髪を軽く撫でた。冥花は嬉しそうに口元を緩めると「先生、いい物をやろう。これ食べたら元気出る」と言って僕に何かを握らせた。 「いい物?」  ぐにゃりとした感触に一抹の不安を覚えつつ手を開いた僕は、次の瞬間、ぎゃっと叫んでいた。冥花が僕に握らせたのは一匹のカエルだった。 「ど、どこから持ってきたんだ、こんな物」  僕はカエルを冥花に突き返すと、手の臭いを嗅いだ。生臭い。ということは本物か。 「さっき外で捕まえてきた。この辺にはあんまりいないけど、臭いで居場所はわかる」  得意げに鼻を鳴らす冥花を見ながら、僕はやれやれと思った。この分だと、彼女が僕らの暮らしに慣れる前に、僕が冥花の感覚に染まってしまいそうだ。
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