ダークなランチにうろたえて

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ダークなランチにうろたえて

「女の子の幽霊?……おいおい先生、怪物はどうしたんだよ。せっかくこんな広いロケーションなのにちっちゃい異変じゃ、絵がもたねえだろ。いいか、俺がオーダーしてんのは引きでも見えるような化けもんなんだよ」  藤野は僕が持っていった『怪物』のラフを見た途端、ダメ出しを始めた。  バーベキューの、もといロケ地の仙女沢キャンプ場は郊外の小さな渓谷の中にあった。 「うりゃどうだ、ジャガイモに玉ねぎ、トウモロコシに生ラムもたっぷりあるぞ、うひひ」  藤野は撮影などつけたりだとばかりに下卑た笑いを漏らした。ラフなブルゾン姿の藤野と比べて、僕は撮影前からすでに堅苦しい夢塚瞑道の格好だった。 「どうでもいいけど、食い過ぎでダウンする前にちゃんとカメラ回せよ。こっちはとっくに準備できてんだから」  僕はうちわの風をコンロに送りながら、嬉しそうに野菜を切っている藤野に言った。  休日のサラリーマンそのものと言った藤野達クルーとくらべ、白衣の僕はどうかんがえてもミスマッチな存在だった。 「――おっ、焼けてきたな。……先生、早いとこブルっと来るような化け物を考えてくれないと、食材が焦げちまうぞ」  早くも油が灼ける臭いが漂い始め、河岸がカメラを回し始めた。おいおい、見切り発車かよ。俺はアドリブは苦手だっていつも言ってるだろう。  僕は仕方なくタブレットに怪物のラフを描き始めた。橋の上に頭が出るサイズの巨人か、はたまた橋に巻きつく大蛇か……どうにも決めかね、思わず天を仰ぎかけたその時だった。 「えっ?」  何気なく目をやった橋の上に、どこかで見たようなシルエットが立っていた。  ――まさか。今日は留守番だって言っておいたのに。  あらためて目を凝らすと人影らしきものはふっと消え、橋の上は再び無人になった。 「おい先生、カメラ回ってんだからちゃんと食べてくれよ。それとも橋の上に女の子の幽霊でもいたか?」  僕は「幽霊よりやばい物を見た」と言いそうになり、思わず口をつぐんだ。 「ええと、その、こんな怪物はどうだ。鳥の身体に人の顔がついた怪物が、橋の向こうから飛んできてコンロの肉をかっさらっていく。舞い上がる肉はCGで足せばいいだろ」  僕が即席のお粗末なシナリオを披露すると、意外にも藤野は「いいね、それ。……よし、一匹目はそれで行こう」と箸先の肉を揺らしながら言った。 「一匹目……ほかにも出す気かよ」 「当たり前だ。ただ化け物が飛んで来るだけならカラスのでかい奴と変わりねえだろうが」  僕は思わず沈黙した。悔しいが藤野のダメ出しは的を得ている。いくら不本意なホラー作家稼業でも、それなりに怖がらせたいというプライドはあるのだ。 「さあ、そうと決まったら先生、驚く準備をしといてくれよ。こっちはカメラを止めて怪物が頭上を通った時のリアクションを打ち合わせとくから」  藤野はそう言うと、河岸に「お前もいったん、カメラ止めて食えよ」と言った。僕が橋からコンロまでの怪物の軌道を思い描いていると、ふいに耳元で「先生、こっち」という声がした。驚いて振り向くと、河原に降りる階段の上にいるはずのない人影が腰かけているのが見えた。  ――あそこからここまで、声が風に乗ってきた?……まさか。  僕は悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見ている少女――冥花を見返すと、心の中で「どんな魔法を使ったか白状しないと、おしおきだからな」と呟いた。
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