ダークな時間にむずがって

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ダークな時間にむずがって

「おい先生。化け物をもう一匹、考えてくれ」  藤野は上りの途中にある路肩に前置きもせずワゴンを停めると、僕に向かってそう言い放った。 「もう陽もくれるってのに、いきなり何言いだすんだよ。バーベキューの画ならもう撮っただろ。化け物なんてどこで出すんだよ」 「あそこだよ。あのトンネル。ああいうロケーションは今ぐらいからが本番なんだよ。……大体、さっきの奴で視聴者が怖がると思うか?ここからがお前さんの本領発揮だよ」  藤野はそう言うと、前方にある古びたトンネルの入り口を指さした。 「由来は任せるから、できるだけ不気味な奴を頼むわ。……ようし、降りて撮影開始だ」  藤野はそう言うと河岸と僕に車を降りるよう、促した。僕は渋々車を降りると、陽の傾いた峠の歩道を藤野達と歩き始めた。 「なんとなく、冥界の入り口って感じだな」  僕が何気なく漏らしたつぶやきに、どういうわけか冥花がぴくんと反応した。 「メイカイ?……それはいい!先生も入るのか?」 「ここまで来ちゃったら、入るしかないだろう。冥花は外で待っててくれ」  僕があらかじめ釘を刺すと、意外にも冥花はぶるんと頭を振って「あたしも行く!」と叫んだ。 「おいおい、こいつは仕事なんだぜ。助手が映るような台本は用意してないんだ」  僕がそう言って宥めると、冥花は「ジョシュは行ったらだめか?」と切なそうな表情になった。僕は困り果て、やむなく「この次は、考えてみるよ」と言って冥花の頭を軽くたたいた。 「ようし、交通量も少ないようだし、暗くなる前に撮っちまおうぜ。……先生、化け物のデザインは整ったんだろうな」  藤野にせっつかれた僕は、慌てて過去のフォルダをあらためた。そしてある落書きが現れた瞬間、はっとなった。こんなもの、いつの間に描いたのだろう? 「……藤野、こんな物があるんだが、出して大丈夫か?」  僕が藤野に示したのは、首から上が女性、胸から腰までが魚、腰から下が数頭の犬という奇怪な姿をした怪物だった。 「ううん、ちょっとばかし派手だが、まあいいだろう。視聴者がわかるよう、ちゃんと説明できるんだろうな」 「一応、視聴者がイメージできるようには説明するつもりだけど……お前こそ、ちゃんと怖がれるんだろうな」 「ああ、さすがにこいつに襲われたら撮影どころじゃないだろう。一瞬だけ見えたことにして、即座に退却だ。画面上では何の変化もないが、あとは音効でなんとかごまかすさ」  どこまでも能天気な藤野に、僕は内心「俺は一切、責任持たんからな」と毒づいた。
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