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ダークな再会にざわめいて
「ところで藤野、このトンネルって何かいわくでもある場所なのか?」
僕が先を行く藤野の背に向かって問いを放つと、藤野は「そんなもん、聞いたこともねえよ」といともあっさり言い放った。
僕らはじめじめした暗いトンネルを中ほどまで進むと、壁を背にカメラを回し始めた。
「なんだか生臭い風が吹いてきましたね」
僕はトンネルの壁に描かれた落書きを眺めながら、わざと低めた声で言った。実のところ、本当にそんな臭いがしないでもなかったのだ。
「そういえば……」藤野が僕に合わせつつ、急に真顔になると「本当にしてる」と呟いた。
「ここは海からは離れてますよね。……どこか別の世界から吹き込んでくる風でしょうか」
僕が怪現象への伏線を張ると、藤野が「そう言えば怪物が出るとか……」と後に続いた。
さて、そろそろ『怪物』にご登場願おうか。僕が指をさす位置を決めようとトンネルの壁を見つめていた、その時だった。ふいにカメラの後ろから冥花が顔を出し、「先生、出よう。ここ、危ない」と言った。
「危ない?」
「あたしの知り合いの臭いがする」
「知り合い?」
僕がカメラが回っているにもかかわらず、つい答えてしまったその直後だった。突然、トンネルの入り口が消え、側面と同じコンクリートの壁に変わるのが見えた。
「おい、なんだこれは。河岸、お前がやったのか?」
藤野が問うと、川岸はカメラを降ろし「違いますよ……マッピングかな?」と言った。
「だったらお前、ぶつかってみろよ。布だったら怪我しねえだろ」
「自分でやってくださいよ」
予想外の事態に僕が演技を中断して前後の壁を交互に見た、その時だった。一方の暗がりに何か蠢くものの姿が見え、僕はその場に凍り付いた。
「――逃げろ、先生!」
冥花の声に身構えた僕は、次の瞬間「わっ」と叫んでいた。暗がりから姿を現したのは、僕が描いたラフと寸分たがわぬ外見の怪物だった。
「おい、こりゃどういうわけだ」
同じものが見えているのだろう、藤野が後ずさりながら怯えた声を上げた。
「説明できるならとっくにしてるよ。……とにかく逃げた方がいい」
僕が言うとその場で全員が身を翻し、そそくさと退却の準備を始めた。
「……スキュラ!お前性懲りもなくまた、先生を狙いに来たな?」
冥花が意味不明の言葉を放つと、女性に似た怪物の顔が不気味な笑みを浮かべた。
「この前は不覚を取ったが、今度はあの時のようにはいかないよ。覚悟おし、メイカ」
僕は立て続けに起こる怪現象に、思わず逃亡の足を止めて見入った。異形の生物は驚いたことに、冥花を相手に人間の言葉を口にしたのだった。
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