ダークなお客に救われて

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ダークなお客に救われて

 突然、異界に引きずり込まれたような状況に、僕は理解するのを後回しにして脱出に集中することにした。どうか幻であってくれという願いとは裏腹に、僕らと怪物の距離は一向に縮まる気配がなかった。 「あっ、藤野D。……これ、本物のコンクリートです」  トンネルの先端に一番乗りで到達した河岸が、灰色の壁をさすりながら叫んだ。 「おい、嘘だろ。どっかにねえのかよ、押したら「お待たせしましたーって」バーッと開くようなスイッチとか」 「つまんないこと言ってる場合じゃないでしょ」  僕は二人のやり取りから、すぐ外に出るのは不可能と判断せざるを得なかった。    ――出口が確保できるまで、なんとかここで持ちこたえないと。  僕が覚悟を決めて振り返ると、僕らのわずか数メートル先に怪物が、そして怪物の前に両手を広げて立ちはだかっている冥花の小さな背が見えた。 「――冥花!」  僕が叫ぶと、怪物が僕と冥花とを交互に見てほくそ笑んだ。 「けなげだねえ、お嬢さん。……ねえ、まさかと思うけどあんた、この『獲物』のことを――」 「うるさいっ!先生の『タリス』はあたしが守るんだ。お前になんか盗ませない」 「ふん、そういう口は一人前になってからお利き。狩りも碌にしたことがないくせに」  怪物は目に嘲るような色を浮かべると、『脚』代わりの犬の背から尾びれを思わせる下半身を引き抜いて「やっておしまい」と犬たちに命じた。  犬たちの身の毛もよだつような唸りに冥花の足がわずかに後ずさった、その時だった。  視界の外から何かが弾丸のような速さで飛び込んできたかと思うと、一匹の犬を鷲掴みにして運び去った。何かは犬をトンネルの壁に叩きつけると、あり得ない角度で旋回して二匹目の背に爪を立てた。 「……ちいっ、何かと思ったらハーピィか!下級の妖魔のくせに『タリス』なんか狙うんじゃないよ!」  怪物は忌々し気に吐き捨てると、犬を攫って逃げる影に向かって両手を伸ばした。次の瞬間、黒い影は触手のように伸びた怪物の指に自由を奪われ、そのまま床へと落下した。 「いったい、何が起こってるんだ……」  僕が怪物同士の小競り合いに目を奪われていると、ふいに冥花が僕の方を振り返った。 「――先生、目をつぶれ」 「えっ?」 「卵を三十個食べるくらいの間、何も見るな」  卵を三十個…・・僕は頭の中で冥花が卵を平らげる姿を思い浮かべた。冥花なら、一個を一秒で食べるに違いない。卵が三十個なら、つまり三十秒ということだ。 「よし、なんだかわからないが言う通りにしよう」  怪物と会話ができるくらいだ、ここは冥花の指示に従うというのもありかもしれない。  僕は意を決すると、その場で両目を閉じた。その直後、「ぐえっ」という呻き声と共に何かが羽ばたくような音が聞こえた。思わず目を開けた僕の目が捉えたのは、三体の怪物がにらみ合う異様な光景だった。 「あれは……」
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