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ダークな出会いにときめいて その2
僕が貧困な想像力を駆使して急ごしらえのバックボーンを捻りだそうとした、その時だった。ふいに頭の中に少女の物と思しき声が響いた。
――すごい、人間の臭いで息がつまりそうだよ、パパ。
なんだこりゃ、と僕は思わず口に出して訝しみそうになった。見回しても見える距離に少女の姿はなく、僕はぞっとして頭を二、三度振った。
「おい、何を凝ってるんだい先生。適当でいいって事、忘れてないか?」
藤野に凄まれ、僕は「うるさいな、こいつは名なしの怪物ってことにしとこう。ここに住んでる理由は、人間への恨みだ」と答えた。
「人間への恨みだって?いったい誰が何をしたっていうんだ。そこんとこ、雑なままじゃ苦情が来るぜ」
「やらせに雑も丁寧もあるかよ。公営住宅が立つ前、確かこの辺りは廃棄物処理工場があったはずだ。土地を汚染された自然の怒りだよ」
「この怪物が自然の化身かい。取って付けたような設定、こしらえやがって。……まあいい、時間がないからカメラ回すぞ。せいぜい視聴者が怖がるような演技を頼むぜ、先生」
藤野は僕の反応を待つことなく、クルーに指示を飛ばし始めた。僕は怪物の出現ポイントをエントランスの奥に定めると、頭の中で驚く演技のシミュレーションを始めた。
「ようし、じゃあワンテイク目は回しっぱなしで行くぞ。噛んでも止めないからな。……んじゃ、カメラスタート!」
僕はレポーターも兼ねている藤野と共に、エントランスの中ほどへ歩を進めた。
「どうです先生、今回の現場は。何か感じますか」
「そうですねえ……今のところ、念だけが残っていて何かがいる気配はありませんね」
「念と言いますと?」
藤野がいかつい髭面をゆがめ、僕に尋ねた。もうお前が怪物ってことでよくないか?
「この辺りには昔、廃棄物処理場があったそうです。その後で公営住宅が建ったんですが、色々と良くない出来事が続いてこのように廃墟となってしまいました。私には一連の怪現象が、廃棄物で土地を土地を汚された地霊の怒りのように思えるのです」
「なるほど、ジレイですか。……そいつはどんな形をしてるんですかねえ」
「それは見る人によって異なるのではないですか。罪の意識が強ければ、単なる自然の精霊も恐ろしい化け物に見えるに違いありません」
僕はつけ髭をさすりながら、さもオカルトに造詣が深いかのように出まかせを言った。
「そういえば、さっきから何だか寒気がしてるんですよね。……気のせいか、頭もこう、締め付けられるように痛むというか」
藤野は顔をしかめると、僕に目で「そろそろやれ」という合図を寄越した。僕は観念すると、エントランスの奥まった一角を指さして「あっ、あそこに……」とわざとらしく叫んだ。
「あそこに、なんです?」
「怪物が……どうやらねぐらに戻ってきたようです。中くらいの大きさですが、異様な姿をしています」
「うーん、僕には見えませんけど、どんな形をしています?」
「そうですね……強いて言えば大型犬に蛇が巻きついたような姿、といったらいいでしょうか。……ただし、顔には人間のように表情があります」
「えらく気味の悪い怪物ですね。……さて、今回はカメラに収まってくれるでしょうか。先生には引き続き、解説をお願いします。……ではここでいったんCM」
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