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ダークな出会いにときめいて その3
カメラが止まると、僕は「やれやれ、我ながらお粗末な演技だった」と肩を落とした。
「さて、効果はどうするかな。この辺に椅子を置いて、引っ張って動かすか。本当は空中を飛び回らせることができたら最高なんだが……」
藤野が早くもインチキの算段を巡らせ始め、僕がお役目ご免とばかりに玄関の方へ引っ込もうとした、その時だった。
――パパ。この建物の中、人がいるみたい。
――ふむ、たしかに生きている者の臭いがするな。……よし、もしこの中に『タリス』を持っている人間がいたら、狩ってよいぞ。
――本当?
――ただし殺さぬようにな。初めての『狩り』だからといって失敗は認めぬぞ。
――じゃあ、行ってくるね、パパ。
声は先ほどの少女のものと、男性らしき野太いものとが会話しているように聞こえた。
なんだ、この会話は?僕はあらためて周囲を見回したが、やはり声の主らしき者の姿はどこにもなかった。
「うーん、この角度から撮れば椅子が勝手に倒れたように見えるな」
藤野がぶつぶつ呟きながらインチキの仕込みを始めた途端、僕の背後で「わっ」という声が上がった。振り向くとカメラマンとメイクの二人が驚愕の表情を浮かべているのが見えた。なんだ?そう思いながら二人の目線を追った僕も次の瞬間、「うわっ」と叫んでいた。
椅子を抱えてうろうろしている藤野の背後から、壁を突き抜けるように異形の生物が姿を現したのだった。
「あ、あ、あ……」
怪物は女性の上半身に蛇を思わせる長い胴と尻尾がついており、赤く光る眼で藤野をみつめていた。やがて怪物は顔を動かすと、僕の前で視線を止めた。
――やばい、見つかった!
初めて怪物に目をつけられた驚きで、僕はピンで留められたように動けなくなった。
――お前……『タリス』を持っているな?
怪物の口が動き、声らしきものが僕の頭の中に響いた。あの少女の声だ!僕がそう気づいた瞬間、怪物が身体をくねらせ、まっすぐ僕の方へと移動を始めた。
「わああっ」
僕は弾かれたように駆けだすと、玄関から外に飛びだした。撮影隊のワゴン車を目指して走っていた僕の足が止まったのは、車まであと数メートルという時だった。
「な……なんだあれは」
僕はあまりのことに言葉を失い、その場に棒立ちになった。ワゴン車の屋根に先ほどの怪物とは別の怪物が出現し、僕の方を見てぞっとするような笑みを浮かべていたのだった。
――こいつはいい。今まで見た中で最高の『エンゲージ・タリス』だ。この大きさならこいつを殺さねばならぬが、いたしかたない。
怪物はそう言うと、地の底から聞こえてくるような声で吠えた。怪物は先ほどの一体のような女の顔を持っていたが、下半身は魚のような鱗から犬を思わせる頭部がつき出ているという異様な形をしていた。僕が思わず後ずさると、突然、背後から声が聞こえた。
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