ダークな出会いにときめいて その6

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ダークな出会いにときめいて その6

「なあ先生、いい加減で本当のことを言ったらどうだい。何か凄い物を見たんだろ?」  電話の向こうで藤野が恨みがましい声を上げた。ロケの夜、何かとてつもなく恐ろしい物を見たというぼんやりした記憶が頭から離れないらしい。 「見たかもしれないけど、お前さんと同じで忘れたよ。いいじゃないか、怪物は映ってなくてもお前さんが腰を抜かしてる映像は残ってるんだからさ。いつもと同じだよ」  僕は未練がましい藤野をそう言って宥めた。いつもは「映ってなくたっていいんだよ、驚いてる人間さえ映ってれば」というくせに、結局は普通じゃない物を期待してたらしい。 「くそお、今度こそリアルな化け物の映像捉えたと思ったんだがなあ」 「僕が化け物ならカメラを取り上げて動画を消去するね。オカルトを舐めたから罰が当たったんだよ」  僕が諭すと、藤野は「この次はもうちょっと気合を入れろよ、先生」と恨み言を言った。  さて、バイト……じゃない、本業に行くか。僕がそう呟いて身支度を整えようとした、その時だった。玄関のチャイムが鳴り、インターフォンから聞きなれた声が飛びだした。 「先生、突然で申し訳ないんですけど今、いいですか?」  声の主は、僕の実録ホラーを出版してくれた『奇創書房』の編集者、香月だった。 「ちょうど今、バイ……仕事に行こうと思ってたんだ。悪いけど夜にしてくれないか」 「五分でいいんです。……実は先生に会っていただきたい子がいまして」 「会って欲しい子だって?……冗談はよしてくれ、夢塚瞑道は架空の作家だぜ。いつからファンとの間を取り持つようになったんだい」 「ファンじゃなくて、弟子入り希望らしいんです」 「弟子入り?あいにくだけど僕は弟子を取るような作家じゃないぞ。なんで君のところで食い止めないんだ」 「それが、お世話になった知人からの紹介で、断るに断れなくて……適当に納得させますから、会うだけでもお願いします」  次第に卑屈になってゆく香月の口調にうんざりした僕は「五分だけだぜ」と言ってロックを外した。戸口のところに現れたのは、困ったような笑いを顔に貼りつけた香月だった。 「打ち合わせでもないのにわざわざご苦労さん……といいたいとこだけど、弟子のあっせんなら悪いけど丁重に断らせてもらうよ」  僕が間髪を入れずに釘を刺すと香月は「ええ、一応、事前に言い聞かせては来ましたけど……ほらっ」と言って背後に控えていた人影を、僕の前に押しやった。 「あ……」  香月と入れ替わりに顔を覗かせた人物を見た瞬間、僕は思わずあっと声を上げていた。 「は、はじめまして。……あたし、冥花(めいか)。……ええと、先生と働きたくて来ましたっ」  僕の前に立っていたのは、うしろ髪をぴょんと逆立てた小柄でスリムな少女だった。  ――この子、どこかで見たことが……  僕が首をひねっていると、香月が「なんならマネージャーってことでどうですか、先生」と助け舟を出した。僕が困惑していると、冥花と名乗る少女がいきなり「特技はお化けを見つけること!」と身を乗り出して叫んだ。 「……ね?先生にぴったりじゃないですか。それじゃ、あとは当人同士でお願いします」  香月はそう言い置くと、そそくさと僕の部屋を辞去した。なんて奴だ、弟子入り希望の子を無責任に放りだして行きやがった。 「あの……人間の……じゃない、小説家のことはよくわかんないけど、なんでもするよ!」  冥花は物怖じするどころか目を輝かせて僕にアピールを始めた。僕は「今日のところはお帰んなさい」とやんわり断るつもりが、気がつくとなぜか真逆の言葉を口にしていた。 「……しょうがないな。じゃあとりあえず一週間だけ来なさい。その結果で判断しよう」 「やった、やっぱりあたしの気に入った獲物だ!」 「……獲物?」  僕は独自の表現に引っかかるものを感じつつ、玄関ではしゃいでいる冥花を見つめた。  ――こんな女の子がお化けってこともないだろうし……一体どこで会ったのだろう?  僕はくねくねと妙なダンスを踊り始めた冥花を眺めながら、そっとため息を漏らした。
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