お見送りはダークなキスで

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お見送りはダークなキスで

「それにしても君、どうして僕のところで働こうなんて思ったんだい。……見たところ十代のようだけど、学校は?」  僕は物珍し気にあたりを見回している冥花に、やや厳し目の口調で尋ねた。 「学校?学校は……行ってない」 「行ってないって、不登校か何かかい?……まあ、無理に行けとは言わないけど、アルバイトならもっとましなものがあるんじゃないか?」 「学校は、国に帰ってから行く。今は行かなくていい」 「国?国って……君、日本人じゃないのか?」  予想外の答えに驚いた僕は、あらためて冥花の風貌を眺めた。そう言えばどことなく日本人離れした顔立ちだ。 「あたしの国は……メイカイだ」 「メイカイ?そんな国、あったかな。……まあいいや、試しに一週間とは言ったけどご両親の承諾が得られなければ働かせるわけにはいかないな」 「それなら大丈夫。パパには修業に行くと言ってある」 「修業?……何の修業だい?」 「人間のことを知る修行だ」 「人間の研究か。ずいぶんと難しいことを勉強してるんだな。社会学か何かかい?」  肝心なことは明かさないくせに歯切れだけはいい冥花の答えに、僕はそれ以上の追及を断念した。 「僕はこれから仕事に行かなきゃならないんだ。今日はもう、帰っていいよ」 「あたしはしばらく、帰らない。一週間ここにいる」 「冗談じゃないぜ。この部屋のどこに女の子を泊める余裕があるっていうんだい」  僕がやんわりと断りの言葉を口にすると、冥花は室内を見回し、ソファーを指さした。 「あたしはあそこでも寝られる。……寝てる間に尻尾が出たらちょっとはみだすけど」 「尻尾?……またおかしなことを。くそっ香月め、えらいお荷物を押しつけやがって」 「お荷物って、なんだ?」  子供のような表情でこちらを見つめてくる冥花に、僕は白旗を上げざるを得なかった。 「困ったな。……今日だけは僕のベッドを貸してやるから、明日になったら君を連れてきた奴ともう一度、話し合ってみてくれ」 「そこの長い椅子でいい。メイカイのベッドでなけりゃ、どこでも同じだ」 「またメイカイかい。いったいどんな国なんだ。……わかった、それじゃあとりあえず留守番を頼むよ」 「ルスバンか。わかった。……ほかにすることはないか?」 「一階にコンビニがあるから、お腹がすいたら買い物くらいは行ってもいいよ。お金はそこに置いていくから」 「わかった。……お化けに気をつけろよ」  僕は思わず脱力した。車に気をつけろというならともかく、お化けとは。 「じゃあ行ってくるよ」 「行ってこい」 「行ってらっしゃいっていうんだよ、普通は」 「わかった。いて……いらっしゃい!」  作家の手伝いよりバーゲンの売り子が似合いそうな言葉に背中を押され、僕はドアを開けた。外に足を踏みだしかけた瞬間、何かひんやりと濡れた物が僕の首筋を撫でた。 「わっ、なんだ?」  思わず振り返った僕の目に映ったのは、なぜか顔にほんのりと赤味がさした冥花だった。 「……今、何かしなかったかい?」 「何も。……あたしは時々獲物の味見をすることがあるのだ」 「味見?」 「もういいから行け。……行けらっしゃい!」  追い出してるのか招いているのかよくわからない冥花の言葉を背に、僕はいくばくかの不安と共に自分の部屋を出た。
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