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怖い帰りにダークなお迎え
小テストの採点と会議を終えた僕は、上着を引っ掛けると勤務先のビルを飛びだした。
幸い、余計な雑事にわずらわされることはなかったが、あっても理由をつけて定時に出ていたに違いない。なにせ、部屋では募集もしないのにやってきた助手が僕の帰りを待っているのだ。
――助手が心配で帰るなんて、あべこべじゃないか。
電車を降り、最寄り駅の改札でため息をつくと待っていたかのように携帯が鳴った。
「はい、倉内です」
「あ、先生。香月です。……どうですか、新しい助手の調子は」
「よくしれっと電話して来られるな。お蔭でこっちは書きかけの原稿にも手をつけられない状態だよ」
僕が苦言を呈すると、香月は「ふむふむ」と重みのない相槌を打った。
「そいつはいけませんね。怪奇スポットばかり歩きまわって、さぞかし気が滅入ってるだろうと思って可愛い助手を連れていったのに」
「冗談じゃない。あの子は学校に行っていないそうじゃないか。どういういきさつがあったか知らないが、訳ありの学生をあっせんするなんて、君の常識も疑われるぞ」
「まあまあ、そんなに堅苦しく考える必要もないんじゃないですか?」
「とにかく仕事に区切りがついたらこっちに来てくれ。君も交えて、今後のことをじっくりと話そうじゃないか」
僕は通話を終えると、いつもはたっぷりと道草を楽しむ大型書店を横目でやり過ごした。
周囲の風景がおかしいことに気づいたのは、アパートへ続く中通りへ入って間もなくのことだった。
――なんだろう、この生臭い風は。
僕が足を止めて訝っていると、それまで西日に染められていた風景が突然、紫がかったもやに包まれ始めた。僕ははっとして道の片側に移動すると、あたりをうかがった。
――これは化け物が見える時の違和感だ。……まさか。
僕が警戒しながらそろそろと歩き出した途端、背中から威嚇するような咆哮が浴びせられた。反射的に振り返った僕は、目に入った異様な影に思わず悲鳴を上げそうになった。
資材置き場の塀からこちらを見ていたのは、鳥の身体に女性らしき頭部が乗った怪物だった。ええと、なんか本で見たことのある姿だぞ、あれは……
僕が記憶をまさぐっていると鳥の化け物は羽根を動かし、興味深げに首を伸ばした。
「―なるほど大きいねえ。『エンゲージ・タリス』を見つけたってのは本当だったんだね」
化け物が意味不明の言葉と共に、甲高く啼いて羽根を広げた、その時だった。
「なにしに来た、ハル!こっちに来るにはパパたちの許しがいるはずだぞ!」
突然、黄昏の街に響いた声は、午前中に僕がさんざん聞いたあの声だった。
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