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ダークな味方は留守番が苦手
「――冥花かい。あんたも面白い子だね。こんな人間、さっさと殺して『タリス』を奪っちまえばよかったのに。あんたがぐずぐずしてるから、あたしが貰いに来たんだよ」
――冥花だって?僕の部屋で留守番してるはずのあの子が、なぜここに?
「あたしはこっちに修業に来てるんだ。先生にちょっかい出したら、あたしが許さない!」
驚いたことに、冥花は鳥の化け物に何か抗議をしているようだった。
「あはは、なんだいシュギョウって。それにお嬢さんのあんたに、あたしを止められるもんか。せいぜいそこで、経験豊富な妖魔の狩りを見てるんだね」
「おとなしく冥界に帰らないと、パパに言いつけるぞっ」
「どうぞご自由に。……さてセンセイとやら、覚悟はお済みかい?」
ハルと呼ばれた怪物が大きく羽ばたき、僕に向かって襲い掛かろうとしたその時だった。
突然、マンホールの蓋が飛んだかと思うと、蛇の尻尾のようなものが飛びだして怪物の身体を縛めた。
「ぎえっ、な……なんだ?」
尻尾は怪物を捉えたまま、マンホールの中へ引きずり込もうとした。地面の上で羽根をばたつかせて抵抗する怪物の向こうには、険しい表情で立っている冥花の姿があった。
「ええい、こざかしい!」
怪物が尻尾をくちばしで突くと、なぜか離れた場所にいる冥花が顔をゆがめた。やがて尻尾の戒めから逃れた怪物は、二、三度大きく羽ばたくと空中高く舞い上がった。
「くそっ、あたしは狩りの最中に横やりを入れられるのが大っ嫌いなんだ。……今日のところは帰ってやるよ、お姫様。だがこの次はこうはいかないよ。よく覚えておくんだね」
怪物は捨て台詞を残すと、濃くなり始めた紫色の空へと消えていった。
「……冥花。どうして君がここに?」
僕が質すと、冥花はばつが悪そうにうつむいた。
「なんとなく、先生があぶないような気がした。……来ちゃだめか?」
「だめなもんか。なんだかわからないけど助かったよ。ありがとう」
僕が礼を口にすると、冥花の表情がぱっと明るくなった。
「本当か?本当に怒ってないのか?」
「怒ってないよ。……ところで、部屋に鍵はかけてきたんだろうね」
「……カギ?……ああ、カギなら持ってきた。これ、何に使うんだ?」
冥花は僕の部屋の鍵を取りだすと、表裏をあらためながら物珍しげに見つめた。
「持ってくるのはいいけど、ちゃんと施錠しないと駄目じゃないか。これじゃ安心して留守番を頼めないよ」
僕が嘆いてみせると、冥花は「だめなのか?」としゅんとなった。僕は慌てて「別に君が駄目なわけじゃない。覚えてくれさえすればいいんだ」と取り繕った。
――やれやれ、一体どんな常識の中で育ってきたんだ、この子は。
僕は怪物との会話の中で出てきた『お姫様』という単語をふと思いだした。
まさか外国のお姫様がお忍びでやってきたなんてことは……さすがに考えすぎか。
僕はうつむいてもじもじしている冥花に歩み寄ると「とにかく部屋に帰ろう」と言った。
「帰っていいのか?ソファーで寝てもいいのか?」
「ああ。好きなところで寝ていいし、風呂も使っていいよ。まずは帰って腹ごしらえだ」
僕は冥花の撥ねた後ろ髪をぽんとたたくと、元通りの暮色に染まった街を歩き始めた。
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