みーちゃんは殺人鬼です。

後

男と付き合ってから1年が経ちました。

ある秋の日の朝、みーちゃんのお父さんは亡くなりました。
肝臓の病気で、お酒の飲み過ぎが原因でした。みーちゃんはもちろんのこと、お母さんの落ち込みはひどいものでした。

その3ヶ月後に、今度はお母さんが体調を崩しました。最初は過労だと思われたのですが、よくよく検査をすると、大腸の病気にかかっていると分かり、すぐに入院することになりました。

入院の前日は、男の誕生日でした。
男は露骨に嫌そうな顔をして、

〝お前ん家の不幸が移りそうだから、しばらくここに来るな〟

と、言いました。

みーちゃんは、今さらこれくらいで傷つきません。この頃になると、男からの暴言と暴力は日常茶飯事になっていたからです。
しかし驚くことに、この男はみーちゃんとの結婚を考えているようでした。

大学に行かなかった人間はその時点で負け組で、もう2度と這い上がることは出来ない。
特に女はダメだ。男に縋って奴隷みたいに生きるしかない。
お前は幸せ者だよ。俺に拾って、養ってもらえるんだから。

ーーーーこれがプロポーズの言葉でした。

実家に戻ったみーちゃんは、仕事場のスーパーと病院を行き来する日々が続きました。

お母さんは難しい手術を乗り切り、幸いにも命の危機は免れました。みーちゃんは嬉しくて涙が出ました。男に何をされても泣かないのに、お母さんが助かると涙がポロポロと止まりませんでした。

お母さん。
お母さん。
みーちゃんが不登校になっても怒らずに、そっと見守ってくれたお母さん。

優しいお母さん。

「……仕方がなかったのよ」

大好きなお母さん。

「私が変わらないといけなかったの……。そうするしかなかったのよ」

みーちゃんは、本当にお母さんを愛しているのです。

「他人は変わってくれないわ……。だから私が変わるしかなかった。その方が早いし、楽だった」

手術後、お母さんがみーちゃんの目を全く見なくなって、こうして独り言を呟くようになったとしても。

「私やお父さんみたいな人が、変わるしかなかったのよ。トラブルも、しがらみも、わだかまりも生まないためには。ねぇ、そうでしょう？」

お母さんは静かに話していたと思いきや、

「ふふふ。人間さんって勝手な生き物ね」

と、急にクスクス笑い始めて、

「平気で人を傷つける、マウントをとる、仲間外れにする、ケンカする。ーー自分がされて嫌なことは、他の人にもやらない。そんなの当たり前なのにね？ なのに、どうしてあんなに我慢がきかないのかしらねぇ？」

誰もいない場所を眺めて首を傾げます。

「本当はみんなに優しい人になって欲しかった。でも他人に変化を期待をしても無駄だから、私とお父さんは自分の考え方や受け止め方を変えることにしたの。そうねぇ、いろんなことがあったわ。そのたびに私たちは変わっていった。ーー変わって、変わって、変わって変わって変わって変わって変わって変わって変わって変わって、変わっていったのよ」

元々の私たちって、どんな人間だったのかなぁ？
変わりすぎて、もう分からなくなっちゃった。

お母さんは、夢の世界の住人になりました。
体は現実にあっても心は夢の中です。
みーちゃんがお見舞いに来ても、病院のベッドの上からずっと窓の外を眺めています。

それでもみーちゃんは、お母さんが大好きでした。