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みーちゃんは25歳になりました。
お母さんは精神病棟に入院中です。
男とはまだ付き合っています(みーちゃんは勇気を出して別れ話を2回切り出しましたが、失神するまで殴られました)
みーちゃんは、例の夢を見る夜が増えていました。
みーちゃんが殺し続けてきた〝過去のみーちゃんたち〟が眠る、あの墓地の夢です。
どうするの
もうないよ
埋める場所
もう無イよ
数年前、初めて会った被害者はそう言いました。
彼女の言う通り、埋葬するスペースはありません。墓石がまるで、夏祭りの人混みのようにひしめき合っています。
それでも殺人をやめられなかった結果、死体の山が出来ました。地中に埋められないから、地上に積んでいったのですが、5つ目の山でとうとう限界になりました。
いろんな服を着て、いろんな箇所から血を流しているみーちゃんの無残な死体が、月に届きそうなほど高く重なっています。
どうしたものかと悩んでいると、目が覚めました。
みーちゃんを起こしたのはアラームではなく、男からの着信でした。
時刻は午前2時25分。今すぐマンションに来い、という一言だけで電話は切れました。外は雨が降っていましたが、みーちゃんは身支度を始めました。
部屋に着いた途端、みーちゃんは灰皿を投げられました。灰皿はドアに当たり、床に落ち、入っていたゴミが散乱します。
怒られる心当たりが無いのでオロオロしていると、男がかなり酔っていることに気がつきました。ローテーブルの上にはワインやら焼酎やらがたくさん並んでいます。
「くそが!どいつもこいつも死んじまえ!!」
尋ねてもいないのに、男は怒りの理由を答えます。
男は会社の昇級試験に落ちたそうです。そして彼の同期が受かったそうなのです。その同期の人の名前は、みーちゃんも知っていました。〝あいつは俺より仕事が出来ない役立たずだ〟と、ずっと男から聞かされていたのです。
同期、上司、会社への恨みつらみを吐いた後、男は叫びました。
「全部お前のせいだ!! お前の不幸が俺にも移ったんだ! お前の父親が死んだのも、お前の母親がバカになったのもお前のせいだ、この死神が!!」
男はソファーからベランダに向かいます。そしてすぐに手すりの上に座りました。
「あー、くそ、死んでやる。こんな世界、生きてる価値なんて無ぇんだよ!」
男はいつもこうです。
自分の思い通りにならないことが起きると、酒を呑んでこんなことをします。
みーちゃんはハッとなりました。
男のすぐそばに、自分と同じ姿の女性がいたのです。ベランダに座り込む彼女は、みーちゃんを見ながらカタカタと震えていました。
ーーあぁ、あんなに怯えて
みーちゃんには分かりました。
彼女は、自分自身なのだと。
今夜、彼女は私に殺される。
自分の手によって押し込められて、無理やり消されてしまう、自分の〝心〟。
今まさに男から受けている仕打ちを、みーちゃんはいつも通り我慢します。
彼女は殺されて、男は生きるのです。
ーー生きる?
この人の方が、生き残る……?
みーちゃんは、男と彼女を交互に見渡しました。それをしばらく続けていると、男が視線に気付きました。
「なんだぁ? 文句あるのか? じゃあ言ってみろよ」
男は鼻で笑います。
「って、言えるわけないか。お前、バカだもんな。自分の考えを言葉に出来ないもんな。お前の両親もそうだったよな」
相手の機嫌を窺うようにヘラヘラ笑ってよぉ。
つまらねぇ人間だったな。
お前の両親ってさ、生きてて楽しかったのか?
あんな人生、俺なら絶対に嫌だけどな。
その瞬間でした。
みーちゃんの心にふんわりと、だけどしっかりとした〝思い〟が生まれました。
ゆっくりと、男へ近づいていきます。
「あのね、私ね」
足の裏がベランダの冷たい床に着くと同時に、みーちゃんは口を開きます。
「貴方はすごい人だと思うの。私と違って、頭の中に浮かんだ〝思い〟をすぐに言葉に出来るでしょう。言いたいことをそんなにスラスラ言える人って憧れるわ。お父さんとお母さんも〝頭の良い人だ〟って、貴方を褒めていたよ」
みーちゃんの両親は、男の本性を知りませんでしたから。
男は、まんざらでもなさそうな顔をしていました。
傷ついた自尊心に、みーちゃんの発言が響いたみたいです。彼はどんな状況であっても、褒められることが大好きなのです。
一方、男とみーちゃんのそばに座る彼女は、キョトンとしていました。
「まぁ、アレだな。今回は、俺を選ばなかった面接官が無能だったってことだよな?」
「うん」
「次こそは俺が受かるよな?」
「うん」
「だよな、そうだよな。あぁ美優、やっぱりお前だけだよ。俺を理解してくれるのは」
「死ねよ」
「え?」
「死ね」
トン。
軽い音でした。
弱い力でした。
それでも不安定な姿勢で手すりに座っていた男は簡単に突き落とされ、暗闇に染まる真下へ落ちていきました。
みーちゃんは、隣にいる彼女へと目線を変えます。
彼女は目を見開いていました。この部屋は12階の高さなので、男は確実に死んでいるでしょう。てっきり自分が殺されると思っていた彼女は、ますますキョトンとしていました。
「あのね、私ね」
みーちゃんは彼女を抱きしめました。
「頭の中に浮かんだ〝思い〟をすぐに言葉に出来る人ってすごいと思うの。それは本心よ。ーーだけどね、言葉に出来なかった〝思い〟をあざ笑う人や、想像出来ない人はバカだと思うの」
もう大丈夫よ。
殺さない。
私は殺さない。
あなた達は殺さないから。
いつのまにか、彼女の姿は腕から消えていました。
体温も感触も残っていない右手で、みーちゃんはスマホを取り出し、3つの数字を押します。
「も、もしもし! あの、恋人が酔って、ベランダから落ちてしまってーーーー」
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